ストーリー第2回今は悲しみの底でも 付属池田小の児童へスイミーで伝えたかったこと松浦祥子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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2001年6月8日、児童8人が犠牲となる事件が起きた大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)。 学校再開後、5人の女子児童が亡くなった2年南組の担任を任された菅井啓之さん(72)にとって、子どもたちと向き合う日々は苦難の連続だった。 事件に遭遇し、級友を失った子どもたちの心の傷は深かった。 「今日までのことが夢だったらいいのに 友だちに死ななきゃあえないとか それならもともと天国にいればいいのに」 そんな言葉を書き記す子もいた。 授業中、一人の子が調子を崩して保健室に向かう。 すると、気持ちが伝染するかのように、クラスの半分ほどが保健室に行ってしまうこともあった。 時間割はあってないようなものだった。 菅井さんは、色んな授業で理由をつけて校庭へ出た。 閉じこもって暗くならずに、なるべく明るい気持ちになってほしい、との思いからだった。 木陰の下で授業をすると、教科書に木の葉がはらはらと挟まる。チョウが子どもたちの周りをひらひらと舞う。 夢中になってぴかぴかの泥団子をつくったり、木の実を拾い集めたりした。 次第に、子どもたちから「外へ行こう」と言うようになった。 外にござを敷いて給食を食べる日もあった。スイミーで「事件を思い出さないか」 事件があった年の秋。 例年であれば2年生は、国語の授業で教科書に載っている「スイミー」の絵本を扱う時期だった。 大きな魚に仲間が食べられて…この記事は有料記事です。残り1197文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人松浦祥子大阪本社ネットワーク報道本部|豊中支局専門・関心分野教育、社会的養護、地域の話題関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







