インタビュー付属池田小事件、今も続く元児童のケア 支援してきた精神科医に聞く松浦祥子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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精神科医の岩切昌宏さん(64)は、2001年に児童8人の命が奪われた大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)の事件後、児童たちの精神面のサポートにあたった。6月8日で事件から25年。当時の状況や、現在も続く元児童への心のケアについて話を聞いた。 ――事件直後の様子を教えてください。 当日は、大阪教育大の講師として柏原キャンパス(大阪府柏原市)で勤務していました。事件の一報を受け、その日の夕方には小学校に赴き、対応にあたりました。 ほかにも、大阪府や様々な機関から精神科医やカウンセラーが集まってきて、「メンタルサポートチーム」が立ち上がりました。職員室に隣接する一室を使って、チームは多いときで総勢100人ほどに膨らみました。 ――児童たちの心の状態をどのように把握したのですか。 暗中模索だったというのが正直なところです。まずは教員が家庭に連絡を取って状況を聞きました。体調を崩している児童が多いと分かり、教員とカウンセラーが2人1組になって全学年の家庭訪問をしました。その結果、到底、すぐに学校を再開できる状況ではないと小学校に助言しました。 多くの児童の心に何らかの影響が出ていました。急性期の症状として、発熱や腹痛などの身体症状が出た子や、事件のことを思い出して怖くなる子、保護者にくっついて家から出られなくなってしまった子などがいました。 家のカギがちゃんと閉まっているか子どもが何度も確認するため、保護者が追加のカギを取り付けたケースもありました。 直接、事件の現場を見ていなくても、教員たちの慌てた様子や、上空を旋回するヘリコプターの音が記憶に残って、その後もヘリコプターの音に恐怖心を抱いてしまった児童もいました。事件後、ほどなくして保護者から24時間電話を受け付けるホットラインをつくりました。犠牲になった級友5人の机を残すか 答えは子どもたちが教えてくれた今は悲しみの底でも 付属池田小の児童へスイミーで伝えたかったこと ――どのように学校を再開していったのでしょうか。 休校の期間が長くなると、同級生と話したいという児童たちも出てきました。教員の目の届かないところで集まるケースも見られるようになり、思わぬ事態が起きないか心配でした。 そこで、悲惨な事件が起きた…この記事は有料記事です。残り1328文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人松浦祥子大阪本社ネットワーク報道本部|豊中支局専門・関心分野教育、社会的養護、地域の話題関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする