ストーリー安藤仙一朗 山口裕起印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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神宮球場は、いつにも増して熱気にあふれていた。 5月31日、2万9500人が詰めかけた東京六大学野球リーグ最終週、早稲田対慶応の2回戦。 天皇陛下と、長女の愛子さまが観戦に訪れていた。 勝てば優勝が決まる慶大がリードを奪えば、ライバルの胴上げ阻止に燃える早大が追い上げる。早大は3―4で迎えた九回裏、犠飛でみたび試合を振り出しに戻した。 早大の4番手としてマウンドに上がり、九回表を「0」に抑えた右腕、岡村遼太郎(3年、早大学院)は戦況を横目に、延長十回表の投球に向けて準備を進めていた。 早大打線の勢いは、なおも止まらない。2死一、三塁から適時打が出て劇的なサヨナラ勝ちを収めた。 「動揺というか、興奮というか」 仲間から少し遅れて、岡村は歓喜の輪へ飛び込んでいった。 前日の1回戦でリーグ戦デビューを果たしたばかりだった。この日が2試合目の登板。自身の大学初白星が、32年ぶりとなる天皇陛下の前での早慶戦になるなんて。 「地球上でもほんの数人しかいない『天覧試合』の勝ち投手に自分の名前があるのは、ちょっとびっくり」 ただ、九回表のマウンドは緊張しなかったという。 32年前、同じように天皇陛下が見守るなかで試合をした〝先輩〟からアドバイスをもらっていたから――。親子2代で天皇陛下が見守る早慶戦記事の後半では、遼太郎さんが父親のライバル校である早大に進学することになったある人への憧れ、息子の大学初勝利を見届けた貴史さんの心境を紹介しています。 父・貴史さん(53)も1994年5月、慶大野球部の一人として早慶戦に臨んだ。 1回戦は内野手で出場。のち…この記事は有料記事です。残り804文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人安藤仙一朗スポーツ部専門・関心分野高校野球、駅伝山口裕起スポーツ部|野球担当専門・関心分野プロ野球、高校野球、大学野球、大リーグ、ゴルフ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







