インタビュー聞き手・浅沼愛印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】68年前の赤ちゃん取り違え、生みの親を捜しつづける男性の心境は

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68年前に東京都立墨田産院(閉院)で生まれた江蔵智さんは、産院で別の新生児と取り違えられた。46歳の時に両親と血縁関係が無いことがわかってから20年あまり。ずっと、出自を知りたいと願ってきた。 東京地裁が昨年、都に対して調査を命じる判決を言い渡すと、都は控訴せずに判決が確定した。しかし、都による調査では対象者が希望する場合を除いて家などを一軒ずつ訪ねる戸別訪問は実施されず、生みの親は見つからなかった。 江蔵さんに、これまでの経緯や現在の心境を聞いた。68年前の赤ちゃん取り違え、生みの親は確認できず 都が調査報告書取り違えの当事者が語る、幼少期や育ての母記事後半では、江蔵智さんが「家に居場所がなかった」と話す幼少期の出来事や、昨年亡くなった育ての母の忘れられない言葉、東京都への「怒り」の理由を語ります。 ――東京都が昨年4月に生みの親の調査を始めて1年がたちました。 当初は「もう大丈夫、見つかるだろう」という期待もありました。判決には、調査方法について「戸別訪問等の適切な方法により」との記載がありましたが、昨年夏になっても都はまだ郵便物も発送していない。求めていた戸別訪問もしないまま今年に入り、期待は薄れていきました。訪問先での意外な言葉 ――都は今年3月末に示した調査報告書で「調査対象者の心情への配慮」などを理由に戸別訪問はできないとしています。 46歳だった2004年にDNA鑑定で両親と血縁関係が無いことがわかってから、生みの親を捜すため、自分1人で戸別に訪ね歩いたことがあります。当時は閲覧できた住民基本台帳から、自分と同じ1958年4月生まれの男性を捜し、名前や住所などの情報を1件ずつメモしました。その方々の元へ自分に関する新聞記事などを持参し、「こういう取り違えにあった者です」と丁寧に説明し、70~80人ほど訪ね歩きました。 「突然来て何だ」と怒られる…この記事は有料記事です。残り1427文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人浅沼愛ネットワーク報道本部|都庁担当専門・関心分野都政、政治資金、福祉、教育関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする