ストーリーカラヤンは「ブドウ畑」推し 堤剛さん語るサントリーホール誕生秘話初見翔印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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東京都内でソメイヨシノが満開となった3月下旬。港区のアークヒルズでは「さくらまつり」が開かれた。アークヒルズで営業する飲食店が出した屋台に、多くの家族連れらが列を作った。 会場となったのがアークヒルズの中央部、サントリーホールの目の前に広がる約950平方メートルの「カラヤン広場」。20世紀を代表する世界的指揮者だったヘルベルト・フォン・カラヤンにちなんで名付けられた。連載「ヒルズの原点」③「ヒルズ」の名前で知られる森ビルによる大規模再開発の第1号「アークヒルズ」の開業から40年が経ちました。当時としては斬新なアイデアが詰め込まれた「未来の都市」が生まれた背景やその後の変化を、3回の連載で紹介します。【初回はこちら】時間かけて住民と合意形成、「ヒルズの原点」アークヒルズ開業40年【第2回はこちら】就活先は「ほとんどアークヒルズに」 外資系金融が集った眠らない街 「日本のコンサートホールの先鞭(せんべん)をつけたと思っています」 2007年から20年近く、サントリーホールの館長を務める堤剛(83)はそう話す。 緻密(ちみつ)に計算された音響だけではない。ホワイエでアルコール飲料を提供したり、上着や手荷物を預かる本格的なクロークを設けたりしたのも日本で初めてだった。 日本を代表するチェロ奏者の堤は、1971年に鳥井音楽賞(現サントリー音楽賞)を受賞。サントリー社長(当時)の佐治敬三らが欧州のコンサートホールを訪ねた視察旅行に同行するなど、サントリーホールの設計・建設に深く関わった。府中の工場にもあった「計画」 堤によると、サントリーには…この記事は有料記事です。残り1100文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人初見翔ネットワーク報道本部専門・関心分野農林水産業と食、まちづくりとものづくり、教育・子育て関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする








