視点・解説日本とイラン友好関係の背景は? ホルムズ通過で「日章丸事件」注目2026年4月7日 7時00分(2026年4月29日 18時55分更新)有料記事大野良祐印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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出光興産の大型石油タンカー、出光丸が日本時間の4月28日夕、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖を受けて足止めされていたペルシャ湾からホルムズ海峡を通過しました。翌29日、東京のイラン大使館はX(旧ツイッター)に、1953年の日章丸事件に関して「両国間の長きにわたる友情の証」と投稿。日本とイランの関係の歴史に注目が集まっています。 イランは核問題や反イスラエル・反米姿勢で国際的な孤立の度合いを深めていますが、日本との間には独自の友好関係があり、イランの人々は「日本は特別だ」とよく口にします。この友好関係にはどういった背景があるのでしょう。イランに駐在経験のある記者が紹介します。「出光丸」が初のホルムズ通過 石油200万バレル積み、名古屋へ Q 交流はいつ始まった? A 日本とイランのつながりはシルクロードを通じた交易にさかのぼることができる。7世紀ごろのササン朝ペルシャの工芸品などは、奈良の正倉院に所蔵されており、ガラスの器「白瑠璃碗(はくるりのわん)」は有名だ。 1880年に明治政府の使節団が当時のカジャール朝ペルシャを訪問し、テヘランで国王に面会したとの記録もある。 ただ、正式な外交関係が樹立されたのは、1929年。イランに影響力を持っていた英国やソ連の圧力もあって、第2次世界大戦中の1942年に断交するが、戦後の1953年に外交関係を再開した。イランで語り草になった「日章丸事件」 Q イランは産油国だね。 A 外交関係が再開する少し…この記事は有料記事です。残り2062文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人大野良祐GLOBE編集部 記者専門・関心分野東南アジア・南アジアの政治社会、生活文化、民主化問題、環境問題、イラン情勢関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする