インタビュー高度成長という「復讐戦」、水俣病は先送りされた 保阪正康さん印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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「公害の原点」と呼ばれる水俣病は、列島が高度成長に沸く中で発生し、未曽有の被害をもたらした。「経済の時代」の過ちの背景にあったものは何か。日本の近現代史を研究するノンフィクション作家の保阪正康さんに話を聞いた。 ――専門の昭和史研究で、水俣病を始めとする公害の問題をどうとらえていますか。 「私たちの国は、昭和の時代に二つの実験をやったように思います。一つは、1931年の満州事変から戦争に突き進んで敗戦に至るまで。もう一つは戦後の60~74年、池田勇人首相が『所得倍増』を打ち出して高度経済成長を推し進め、オイルショックで急停止するまでの時代のことです」二つの「14年」 「同じ14年間で、国を破局に導き、かたや世界第2位の経済大国に駆け上がった。ポジとネガとも言える『相似形』の時代についてずっと考えてきました」 ――何が見えてきましたか。 「ひとたび目標を設定すると、そこへ向かって直線的に一心不乱に走り続ける国民性です」 「短期間で国を劇的に変えるエネルギーを発揮する一方、そのプロセスで発生した問題や障害は見て見ぬふりをする。将来にどう跳ね返ってくるかは考えない。二つの時代にはそのような共通点があります」 「水俣病や四日市ぜんそくなど全国で続発した公害は、急激な経済成長のもたらす副作用でした。そして、『経済の時代』に先送りされた典型的な問題です」経済官僚が踏んだ二の轍 ――誰が「先送り」したのでしょうか。 「高度成長を取り仕切った官…この記事は有料記事です。残り1319文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






