コラム・寄稿第五福竜丸、海洋投棄、処理水…… 「核」と海、対話不足を映す歴史印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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福島季評 安東量子さん 歴史は繰り返すと言われるが、原子力を含めたリスクをめぐる政府のコミュニケーションを見ていると、しばしば既視感を覚える。最近では太平洋のはるか南にある小島、南鳥島が放射性廃棄物の最終処分場候補地の調査対象になったとのニュースがそうだった。 原子力発電所を稼働させると、放射性廃棄物が出る。日本では、一部を除き、処分場の選定は難航している。そんななか急浮上したのが、南鳥島だ。元々ほぼ無人島で、近隣に人の住む島もなく、本州からも離れている。これなら風評被害もないと考えたのだろう。だが、太平洋と放射性廃棄物という組み合わせには、見覚えがある。 日本の原子力史の専門家であった故吉岡斉氏に『原子力の社会史』という著書がある。なかに、1970年代後半、日本政府が低レベル放射性廃棄物を、太平洋の深海底にドラム缶で投棄する計画を立てたことが記されている。当時、海洋投棄は、一定の基準を満たせば国際的にも容認されており、欧米各国も投棄していた。そのため、日本政府は「投棄の影響は無視できるほどで、安全性については問題ない」(朝日新聞80年8月6日)と試験投棄の準備を進める。が、それに強く反発したのが南太平洋諸国だ。 「米仏などのたび重なる核実験に痛めつけられてきた太平洋の島々は、いかなるものであれ『核』とは縁を切りたいという思いが強く」(同7月13日)、そのことを軽く考えていた日本政府の「初期の見通しの甘さと対応のまずさが南の諸国の反感を一層つのらせ」(8月13日)、最終的に日本政府は海洋投棄を断念した。そして話はここで終わらない。南太平洋諸国は、廃棄物の海洋投棄を規制する国際条約であるロンドン条約の締結国会議にも働きかけ、これを機として、放射性廃棄物の海洋投棄は全面禁止された。 このさらなる後日談が、20…この記事は有料記事です。残り1446文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする









