心臓の病で選んだ左打ちのゴルフ 初優勝の細野勇策が感謝したひと声2026年5月24日 20時03分平田瑛美印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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男子ゴルフの国内メジャー初戦、日本プロ選手権センコーグループ・カップ(滋賀・蒲生GC、6991ヤード=パー72)は24日、最終ラウンドがあり、首位タイから出た左打ちで、23歳の細野勇策が、1イーグル、3バーディー、3ボギーの70で回り、通算15アンダーでツアー初優勝を遂げた。左打ちの日本選手によるツアー優勝は、1991年ダイドードリンコ静岡オープンの羽川豊以来、2人目。 2打差の2位に田中裕基、石坂友宏、木下稜介、宋永漢(韓国)が並んだ。史上2人目となる日本タイトル4冠をめざした蟬川泰果は13位だった。左打ちの細野勇策が打ち破った重圧 プロデビュー5年目の細野が、最終日を最終組で回るのはこれで9度目。目の前で8度も優勝を見届けた。 「長い期間が経ってしまった。早く勝ちたい思いが強かった」 苦しかった日々を想起させるようなラウンドだった。1番でイーグルを奪取するなど前半でスコアを二つ伸ばしたが、ショットが不調で「16ホールくらいは苦しかった」。 2位に2打差をつけて迎えた14番ロングで、短いバーディーパットを外す。15番ミドルは、ティーショットを左に大きく曲げた。崖下からのリカバリーショットで、パーセーブにこぎつけ耐えた。後半はすべてパーでしのいでの逃げ切りだった。 「落ちかけてもあきらめない。これまでに学んだことが生かせた優勝だった」 生後2カ月で心臓を手術した。その影響で、好きな野球をプレーすることはできなかった。バットの代わりに父が握らせてくれたのがゴルフクラブだった。 生来の左利き。クラブや練習環境が制限されるため、左打ちのゴルファーは少なく、プロとなればさらに希少な存在だ。 「毎試合、どこかでレフティーの人が『レフティー、頑張れ!』と言ってくれた」。頭が真っ白になったという優勝スピーチで、「本当に力になって、最後まで頑張れた」と感謝した。 左打ちの日本人選手による優勝は実に35年ぶりの出来事となった。「『(左打ちは)何年ぶり』の数字が増えるのを早く止めないと、と思っていた」。〝レフティー代表〟としての重圧も打ち破り、23歳はほっとした表情を浮かべた。地区予選→2位の田中裕基 予選会から出場にこぎつけた田中が、2位と大躍進した。出だしの1番(545ヤード、パー5)で2オンに成功してイーグルを奪うと、その後も狭いフェアウェーを確実にとらえた。この日最少の6アンダーで回り、「やるべきことがしっかりできた」。手が届きそうだった初優勝は、同学年の細野がつかんだ。「もっともっと伸びしろがあると思えた。コツコツやりたい」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人平田瑛美スポーツ部|プロ野球阪神担当専門・関心分野野球、ファン文化、教育関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






