「能登照らす光に」半島先端の禄剛埼灯台、重文へ 願う灯台守のひ孫上田真由美 杜宇萱印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

能登半島の先端に立つ白亜の灯台が国の重要文化財に――。文化審議会は22日、石川県珠洲市狼煙(のろし)町の禄剛埼(ろっこうさき)灯台を重要文化財(建造物)に指定するよう、文部科学相に答申した。2年前の能登半島地震で被災し、「復興の象徴に」と願う地元の人たちは喜んだ。 禄剛埼灯台は、能登半島沖での船舶の安全を確保するため、1883(明治16)年に建設された。答申によると、日本人技術者の主導で建設した国内初の本格的な洋式灯台で、いまも使われている。震災で灯台の「心臓部」は傷つきました。一方、震災の影響であらわになった、建設当時の痕跡もあります。 建設を主導したのは、灯台整備を担った工部省の工部少技長、藤倉見達(けんたつ)。文化庁によると、「日本の灯台の父」と呼ばれる英国スコットランド出身の技術者、リチャード・ヘンリー・ブラントンの通訳を務めて技術を学び、重要文化財の鞍埼(くらさき)灯台(宮崎県)なども手がけた。 県教育委員会によると、禄剛埼灯台は石造で、上部に金属製の灯籠(とうろう)がある。内部は2層からなり、らせん階段が走る。近代灯台建設の初期の姿を伝え、現在も現役で航路の安全を支えており、近代海上交通史上、歴史的価値が高いと評価された。 指定されれば、石川県内の国指定重要文化財(建造物)は50件目となる。破損した仏製レンズ 半島の先端にあり、海から昇る朝日と沈む夕日の両方が見られる場所としても親しまれてきた。 灯台の足元で「能登さいはて資料館」を運営してきた河崎倫代さん(76)によると、いまの光源は電気だが、かつては石油に火をともした。隣に灯台守の一家が住んで、日没とともに点灯し、夜が明けると火を消してレンズについたすすを拭き取った。河崎さんの曽祖父も、灯台守だった。 2024年元日の能登半島地…この記事は有料記事です。残り843文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人上田真由美金沢総局|能登駐在専門・関心分野民主主義、人口減少、日記など市井の記録を残す営み杜宇萱金沢総局専門・関心分野災害、労働、写真・映像関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする