インタビュー強き者は「正義」、弱き者は「尊厳」を語る 意味がすれ違う「戦争」聞き手・花房吾早子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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■哲学者 西谷修さんに聞く 攻撃、衝突、戦闘……。国際社会での軍事的な争いを、私たちは様々に表現し、理解しようとします。ただ、「戦争」と呼ぶかをめぐっては、慎重な姿勢も見られます。ロシアによるウクライナ侵攻や、米国とイスラエルによるイランへの先制攻撃は、「戦争」ではないのか。呼び方は、犠牲者の数や紛争の主体によっても変わるのか。そもそも「戦争」とは何なのか。哲学者の西谷修さんは、「言葉が現実に追いつけなくなっている」と指摘しています。歴史的に変わってきた「戦争」の意味 米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃では、ミサイルが撃ち込まれ、インフラや都市が壊され、多くの民間人が死んでいます。 これを「戦争」と呼ぶことで、この出来事が許容されてしまうのではないかというためらいが残る。このためらい自体、現代の世界の異様さを示しているのではないでしょうか。 そもそも「戦争」という言葉は、ずっと同じ意味で使われてきたものではありません。たとえば日本語の「戦争」は、明治以降に西洋語のwar(ウォー)を翻訳する必要に迫られて作られた。それ以前は、国内の権力争いは「乱」、対外的に武力を動員する場合は「役(えき)」と呼んできました。 「戦争」という語が歴史用語として確定するのは、明治政府が国際社会の一員になろうとし、「日清戦争」「日露戦争」と名づけられていく時代に入ってからです。言葉の成立そのものが、日本が西洋型の国際秩序に組み込まれていく痕跡でもあります。【前編】権力に利用される「戦争」という言葉 国際政治学者の科学的な定義は 欧州が「戦争」を国家間の制度として位置づけたのが、宗教対立から覇権争いに発展した三十年戦争(1618~48年)後の国際秩序「ウェストファリア体制」です。「戦争」は国家が行うもので、始めるときは宣戦布告、終わらせるときは和平条件を取り決める講和が必要とされました。戦闘が続く間も、非戦闘員の保護や制限のない殺戮(さつりく)の禁止といったルールが課されました。「戦争」はあくまで国家間の利害や領土をめぐるかけ引きが失敗したときに生じる「例外状態」として、できるだけ枠の中に封じ込めようとしたのです。 ところが20世紀に入り、こ…この記事は有料記事です。残り1216文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人花房吾早子ヨーロッパ総局員|EUやNATOなど専門・関心分野戦争、核兵器、ジェンダー、LGBTQ+関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする