コラム・寄稿核抑止論のグロテスクさ 爆撃と犠牲、都市が人質に 重田園江さん印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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政治季評 重田園江さん 空を制するものは戦争を制する。これは現代戦における一つの真理だろう。ウクライナ戦争が泥沼化しロシアが勝利できないのは、初動の失敗で完全な制空権を取れず、地上での消耗戦にならざるをえないからだとされる。 戦争における航空機爆撃の重要性を最初に強調したのは、イタリアの軍人ジュリオ・ドゥーエである。ドゥーエは第1次大戦での塹壕(ざんごう)戦の悲惨さを目の当たりにし、著書『制空』(1921年)において、地上の前線のはるか先にある敵国都市を航空爆撃するという、新たな軍事論を展開した。 彼は、爆撃による都市破壊には、犠牲の巨大さによって敵の士気を弱め、心理的打撃を与えるという大きな利点があると考えた。つまり都市は、たとえそこに一般人の生活の場があるとしても、いや、だからこそ、破壊する価値があるのだ。多くの人が住み、社会的拠点となっていること自体、爆撃の理由となる。これが「戦略爆撃」という考えの始まりだった。 実に恐ろしい考えだ。国際人…この記事は有料記事です。残り1802文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






