深掘り佐賀関大規模火災からの復興の姿は 糸魚川取材した記者が見た現在地増田洋一印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
[PR]
大分市佐賀関(さがのせき)で大規模火災が発生してから18日で半年。復興を進める市が参考にしているのが、10年前に大規模火災を経験した新潟県糸魚川市の先例だ。当時、隣の上越市にある支局に勤務し、発生から復興過程を取材した記者(現・大分総局)が糸魚川を再訪し、復興へのあゆみのヒントを探った。狭い市道拡幅+にぎわい創出 糸魚川市は大規模火災から8カ月後の2017年8月、復興計画を発表した。計画には、「災害に強いまち」「にぎわいのあるまち」「住み続けられるまち」の三つの柱が掲げられた。 火災当時、被災地に多かった幅2、3メートルほどの狭い市道を、約1.2キロの区間にわたって原則として幅6メートルに広げた。災害が起きた際、住民の避難や消防車などの通行をしやすくするには、一定の幅が必要になるためだ。火災の拡大を食い止める防災広場も8カ所つくった。 被災地はJR糸魚川駅に近く、人口約3万7千人の市の中心街でもある。災害に強いだけでなく、にぎわいを生み出す復興も求められた。 そこで市が被災地の中心に設けたのが駅北広場「キターレ」だ。建物の中には、ホールやキッチン、ダイニングスペースなどがある。エントランスには大規模火災の記録を展示している。防火ライン超えた火の手 佐賀関大規模火災から半年、進む解体・撤去 道路を拡幅したり、防災広場…この記事は有料記事です。残り1653文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






