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■■ナガサキノート 山口広治さん=1935年生まれ 「余命は2年です。尿の色が赤くなったらすぐに病院に来てください」 9歳で被爆した長崎市の山口広治さん(90)は今年2月、排尿に違和感を感じ、病院を受診したところ末期の前立腺がんと診断された。 一人暮らしの市営住宅のちゃぶ台には病気の進行を遅らせる大量の薬。座椅子に腰掛けながら、テレビで国会中継やニュースを見て過ごしている。 山口さんの左足首は自由に動かない。サポーターをつけ、歩く時は常に下をむく。9歳の時に原爆で吹き飛ばされた時の傷が今も痛む。 1945年8月9日。当時山里国民学校(現・山里小)の4年生だった山口さんは、家族と一緒に大八車を引き、買い出しに向かっていた。 飛行機のプロペラの音を聞い…この記事は有料記事です。残り1561文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人榧場勇太ネットワーク報道本部(東京)専門・関心分野平和、国内政治、地方自治、沖縄関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする