【社説】消される天安門事件の記憶 香港の追悼集会主催者が有罪に2026年8月23日 19時01分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアするこの社説のポイント●天安門事件の追悼集会を香港で主催していた団体とその元幹部が香港国家安全維持法違反で有罪判決を受けた●これは香港社会で30年以上引き継いできた事件の記憶を消す動きだ●香港に代わり台北や東京などで追悼活動を続けることには意義がある

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毎年6月4日夕刻、香港のビクトリア公園は、ろうそくを手にした市民で埋め尽くされた。中国共産党政権が学生らの民主化運動を弾圧した1989年6月4日の天安門事件の犠牲者を追悼する集会で、90年から2019年まで続いた。多い年は10万人以上が集まった。 その集会を主催していた団体と元幹部2人が21日、香港国家安全維持法(国安法)違反で有罪判決を受けた。 そもそも国安法は香港社会から自由を奪う悪法である。数多くの民主派政治家やメディア関係者に有罪の烙印(らくいん)を押してきた。そのうえ今回の判決は、30年以上にわたって引き継がれた天安門事件の記憶を消し去ろうとするものであり、容認できない。 団体名は香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)という。中国の民主化運動を支援するため天安門事件の直前に設立。事件関係者の国外脱出を手伝い、追悼集会のほか、当時の様子を伝える映像や写真などの資料を展示する記念館も運営した。 この裁判で特に問題とされたのが、支連会の綱領に「一党独裁の終結」とある点だった。中国共産党政権の「転覆」をあおるものだと検察が主張し、判決も認めた。 綱領が政権にとって不都合だとしても、暴力や非合法活動をあおっていたわけではない。主張を掲げるだけで罪になるというのは無理がある。被告の李卓人・支連会元主席(69)、鄒幸彤・元副主席(41)の弁護側がそう主張したのは当然だったが、受け入れられなかった。 判決は天安門広場で政治改革を求めた学生らを反乱分子扱いした当時の共産党政権の過ちをなぞるものだ。実際に「転覆」を伴わずに一党独裁から複数政党制に移行した台湾という先例がある。 天安門事件を含め中国の政治状況、そのあり方、香港政府の政策や方針について自由に批評できるのが、かつての香港社会だった。それを国安法が一変させた。 支連会は「外国の勢力が関わっている」などとして当局から圧力をかけられ、解散に追い込まれた。 20年以降、追悼集会も開けなくなり、6月4日のビクトリア公園は警察官が監視する空間となった。最近はいくつもの書店が、扱う出版物を問題視され、相次ぎ閉鎖に追い込まれている。 市民社会への圧迫が厳しさを増す香港に代わり、今年は台北や東京などで天安門事件の追悼集会が行われた。暗闇の中にともる希望の灯を消してはならない。封じられた追悼、それでも市民は 天安門事件から37年迎えた香港「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする