ストーリー最後の夏、息子もうれし涙 智弁和歌山・清水の父「中谷は持ってる」2026年8月22日 7時00分(2026年8月22日 14時58分更新)土井良典印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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(22日、第108回全国高校野球選手権大会決勝 智弁和歌山4―3健大高崎) 父さん、俺も、たどり着くことができたよ。 5年ぶり優勝の智弁和歌山で、内野手の清水大夢(ひろむ)(3年)が、父と同じように、中谷仁監督とともに日本一を達成した。 清水は、185センチ、104キロ。立派な体格をもつ選手が多いチームのなかでも、その体はひときわ目立つ。主に一塁コーチとして仲間を支えてきた。 父・昭秀さんは、中谷監督が智弁和歌山の選手だったころの同級生。1997年の夏の甲子園で、好投手・川口知哉を擁する平安(現・龍谷大平安)を破って初優勝した時の4番遊撃手兼投手だった。最後はマウンドに上がり、「胴上げ投手」になった。前年の96年には春の選抜大会で準優勝していた。 父は、高校卒業後、東京六大学野球の法大に進んで、打者として活躍した。清水の売りは父譲りの豪快な打撃だ。 生まれた時から、智弁和歌山のユニホームを着て、家の近所の公園でボールを追いかけた。 小学校時代は父がチームの指導者だった。「とにかく守備よりも、打ってくれたらいいから」と、のびのびと野球をさせてくれた。小さくまとまって欲しくないという、父の思いからだった。 智弁和歌山に進む時、中谷監督から言われた。「いろんな面で、お父さんと比べられて見られるよね」。百も承知で、覚悟して入学した。 打撃の調子が振るわず、プレー面で思い通りにいかないこともあった。練習でも寮生活でも、当たり前のことを当たり前にできるように心がけ、ベンチ入りをめざした。 2年春はベンチに入り、父と同じ選抜大会準優勝を経験した。そしてこの夏、父に並ぶチャンスが訪れ、仲間とともに日本一になった。 この日の決勝で打席に立つ機会はなかった。甲子園での出場は代打での1打席で、三振と悔しい結果だ。同じ舞台に立っているが父と立場は違う。ただ「悔しさはあるけど、同じ舞台まで来られたのはうれしい」と言った。 甲子園では、一つの走塁で流れが変わる。一塁コーチとして、ライナーバックや投球がワンバウンドした際に次の塁を狙えるように走者に何度も声をかけ続けた。 中谷監督はさらに、打撃投手を買って出て大会期間中、打者に投げ続けたことを評価する。 「今日の決勝前も室内(練習場)に入って本気で打撃投手をやってるんですよ。彼は、お父さんと一緒で素晴らしい肩を持っている。試合前の彼の活躍で点を取れたと思っている」と中谷監督。性格が明るく、「チームの太陽」ともいう。 父から言われている。「お前のプレッシャーは、お前にしかわからない。ただ、重圧を力に変えて、野球を楽しめたらいいよな」 清水は言う。「父の教え通り、チームが勝つために、いつも以上に考えた。夢がかなった」 時を超えて親子で得た二つの金メダル。昭秀さんは言った。「つくづく中谷は持っている男だと思う。親子そろって最後の夏、うれし涙で終われるのはすごいこと」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人土井良典スポーツ部専門・関心分野政治行政、就職氷河期世代、犬との暮らし関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






