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「きのう、惺来(さら)の誕生日だったんですよ」 健大高崎の主将、石田雄星がうれしそうに話したのは、2日の甲子園練習後だった。 7歳下の妹・惺来さん。11年前の8月1日、地元の花火大会の日に生まれた。石田雄を奮い立たせてくれる存在だ。 今大会の選手アンケートにも、「妹のためにかっこいい兄でいられるように頑張ります」と書いた。 石田雄が小学6年生のとき、惺来さんは急性リンパ性白血病にかかった。抗がん剤治療など2年以上の闘病生活。話せなくなった時期もある。 「中学時代、練習がきつくてずっと弱音を吐いていたんですけど、妹は自分よりずっときつい思いをしていた。その姿を見るたび、妹のためにも頑張ろうって思えた」 治療のかいあって、惺来さんは現在、元気に小学校に通っている。寮生活の石田雄と頻繁に会えるわけではないが、いつも試合の応援に来てくれる。 「家族で食事に行くときも自分のそばに来てくれて、本当にかわいいんです」 昨秋の新チームが始まったときは、「かっこいい兄」を見せられる状態ではなかった。 健大高崎に入学する直前の2024年、先輩たちは選抜大会で学校史上初の優勝。昨年も最速155キロのエース石垣元気(ロッテ)らを擁し、甲子園に春夏連続で出場した。 石田雄も、1年生の夏から3度甲子園を経験した。昨年は不動の1番・中堅手として活躍した。 だが、いざ自分の代になると、チーム内にけが人が続出。主将としても「何をしたらいいかわからなかった」。秋の県大会は準々決勝で負けた。 県内で負けるのは入学してから初めてだった。 「自分たちは弱い」 そう自覚し、石田雄と副主将の大岩翔斗が中心となり、選手間でのミーティングを増やした。 人に強く言うことは苦手な性格。それでも、甘いプレーがあれば、「健大に来て、このまま終わっていいのか」「今までの先輩方は勝ち続けてきた。自分たちが止めちゃダメだ」と心を鬼にして言い続けた。 今年6月には練習試合で右手首を骨折。群馬大会の開幕には間に合わなかった。 懸命のリハビリで大会中盤から復帰すると、手首に負担のかからない新フォームで、この夏を戦ってきた。 俊足、巧打、強肩。石田雄は高校日本代表候補にも選ばれる外野手だ。 準決勝までの打率は4割2分1厘。それでも、「自分の中ではもう少し良いパフォーマンスができればという感じはある」という。 チームはここまで、粘って粘って勝ち上がった。有明(熊本)との準々決勝では、石田雄が延長十回にサヨナラ内野安打を放った。 準決勝の後には、惺来さんから「おめでとう」とLINEが届いた。 あと1勝で、健大高崎史上初となる夏の全国制覇だ。 8月22日、決勝。主将として、兄として、最高にかっこいい姿を見せる。






