ストーリー羽生善治から竜王を奪おうとした日 生涯最大の勝負、歌っていた鼻歌編集委員・北野新太印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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将棋の阿部隆九段(58)は知られざる大棋士である。10代の時に「東の羽生、西の阿部」と並び称され、26歳で全日本プロ将棋トーナメント優勝。35歳で竜王戦挑戦者となって奪取に肉薄し、38歳で順位戦A級も経験し、58歳の今は通算900勝も目前に迫る。棋界の頂点を極められなくとも、奮闘を続けた41年。還暦を前にした今も、彼は順位戦の長い夜を戦い続けている。 真夜中の対局室から声が聞こえる。 戦う棋士の独り言が聞こえてくる。 「うわ、なんじゃこりゃあ……」 冷徹な狙撃手のような視線で盤上を見つめていた阿部は目尻を下げて口角を上げる。笑みを浮かべている。 自嘲ではない。楽観でも悲観でもない。目の前に広がる複雑かつ混沌(こんとん)の局面に魅了されていた。盤上に描かれた未知に心を躍らせていた。将棋と出会った8歳の日と同じように。 「いや恥ずかしいですね。人が見て美しいと思える棋士になりたかったけど、僕はなれなくて」 両者一分将棋。59秒以内に正解を発見しなくてはならない極限下で浮かべた笑みは、勝負に没入する棋士の実像を鮮やかに映し出していた。 7月14日午後11時45分。東京・将棋会館「特別対局室」での第85期C級1組順位戦2回戦。31歳の実力者、佐々木大地との激闘は決着の時を迎えようとしていた。棋勢を掌握していたのは58歳だったが、棋士の勝負は常に一手で暗転する。そして力ある者は相手に巧妙な難題を問い続けられる。逆転を狙う佐々木は周到に罠(わな)を仕掛け続けたが、阿部は揺るがなかった。 京都府精華町の阿部宅では妻の奈緒子、18歳の長女・優希(ゆうき)、13歳の次女・菜(さい)が中継映像を見つめていた。戦う夫に、父に無言の声援を送っていた。 「女房や娘は僕の対局姿を観…この記事は有料記事です。残り3071文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人北野新太文化部編集委員|囲碁将棋担当専門・関心分野囲碁将棋、文化全般関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






