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【社説PLUS】社説を読む、社説がわかる連載「社説PLUS」毎日のテーマに何を選び、どう主張し、誰にあてて訴えるのか。論説委員室では平日は毎日、およそ30人で議論し、総意として社説を仕上げています。記事の後半で、この社説ができるまでの議論の過程などをお届けします。 広島・長崎が原爆の惨禍に見舞われてから、今年で81年となりました。 米国による原爆投下を機に、第2次世界大戦後には米ソの核兵器の開発・配備が進みました。一時は世界で約7万発に達した核弾頭数でしたが、冷戦前後に大規模な削減に転じ、現在現役の弾頭数は1万発を下回っていると言われています。 ところが、ここ数年で核管理・核軍縮は滞るどころか、むしろ逆走しているのが現状です。 ロシアは、ウクライナに核兵器使用をほのめかすなど、核大国が公然と「核による脅し」をかけています。 核不拡散条約(NPT)は、米国とロシア、中国、英国、フランスの5カ国を「核兵器国」と定め、この5カ国には核軍縮に努める義務が課され、5カ国以外の国が新しく核兵器を持つことを禁止しています。 ところがロシアだけでなく、米国もトランプ大統領が核実験再開を指示。中国は核戦力増強を進め、ウクライナ戦争を受け、フランスも「核の傘」を欧州に提供する考えを示すなど、核保有5カ国の軍縮義務は果たされていません。 米ロ間が結んでいた中距離核戦力(INF)全廃条約がすでに失効したことに加え、唯一残っていた核軍縮条約である「新戦略兵器削減条約(新START)」も失効しました。広島・長崎での被爆者も高齢化が進み、歴史の継承が大きな課題となっています。 核兵器をめぐり、軍縮に逆行する動きが顕在化するなかで、朝日新聞の論説委員室からは、7月末から8月上旬にかけて、計4本の社説をお届けしました。それらを振り返ってみたいと思います。【7月28日(火)社説】核の議論求める小泉防衛相の発言 非核三原則見直しの布石か4本の社説ができるまで 論説主幹・佐藤武嗣 今年は、どのような社説を発信すべきか。そんな議論をしているときに飛び込んできたのが、小泉進次郎防衛相の発言でした。「一般論」と断りながらも、核兵器について「あらゆる政策をタブーなく議論しなければならない」と語りました。 確かに、国民の生命・財産を守るために何をすべきか、議論するのは当然でしょう。ただ、論説の検討会議では、「具体的に何を議論すべきかを言わずに、防衛相が率先して、こうした発言をする意図や意味」を、掘り下げるべきだとの意見が多くありました。 日本は、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則を「国是」としていますが、高市早苗首相は「持ち込ませず」の見直しが持論で、昨年末には、首相に近い官邸幹部から核保有の検討論まで飛び出しています。 年末には安全保障関連3文書の改定が予定され、非核三原則の見直しを俎上(そじょう)に載せるべきだとの声も政府内にはくすぶっており、小泉発言もその布石を打つための「観測気球」に違いない、との意見で一致しました。 一方、「非核三原則」の持つ意味は何なのかについても議論しました。戦争被爆国である日本は、核が使用されてはならないとの規範である「核のタブー」を声高に主張すべきなのに、むしろ、そうした議論を「タブー視」する倫理観の欠如を指摘すべきだとの意見も出ました。 一方、核兵器をめぐる日本周辺の情勢から、日本においても、核兵器によって抑止が強化されるという「核抑止論」への世論の支持も少なからずある。そうした声も意識して説得力ある内容にすること、戦争被爆国としての日本の役割を再認識する社説にすることにしました。人間の認知を超えた「リスク」に 8月6日の広島への原爆投下、同9日の長崎への投下に関連し、その前後に毎年社説では「核兵器」について取り上げています。今年は、①核兵器をめぐる国際情勢、②日本政府による従来の核政策の揺らぎ、③被爆の記憶・核廃絶への思いの継承、という社説を用意することにしました。【8月5日(水)社説】原爆投下81年、揺らぐ規範 核使用のリスクを座視できぬ 核兵器をめぐる国際情勢についてですが、核大国による「核による脅し」を目の当たりにしただけでなく、米ロ間が結んでいた、最後の核軍縮・核軍備条約の新STARTも今年2月に失効。NPT条約の非加盟国であるインドやパキスタン、イスラエル、北朝鮮が、他国から攻撃を受けないためには核を保有することだ、とばかりに核開発を着々と進めています。 こうした国際情勢に加え、核兵器自体も変貌(へんぼう)を遂げています。社説では、AI(人工知能)の登場で、それが核兵器の指揮・統制に組み込まれて運用されれば、人間の認知を超えた「核使用のリスク」が高まりかねないことを指摘しました。AIによる戦闘遂行は迅速な標的の絞り込み、意思決定などを可能にしますが、短時間の処理能力に、人間の判断が追いつけず、誤認、誤射を誘発しかねない。それが核兵器となれば、取り返しのつかない悲劇を招きかねません。 さらに、従来の核兵器に比べて爆発力を抑えた「低出力核」の開発・配備も進んでおり、核の敷居を下げて実際の使用を招く危険性がある。 核による恐怖の均衡によって抑止が保たれるという「核抑止論」すら崩れつつあり、抑止として作用しないリスクが顕在化しているのが現在の状況ではないでしょうか。 もちろん、戦争被爆国の日本として、「核廃絶」を訴え続ける責務がある。だが、そうした倫理的な観点だけでなく、「核と人間は共存できない」ことが、より現実味を増しているように思います。平和式典の首相の発言に、急きょ 日本政府の非核政策についての社説は当初、もう少し後に発信することを考えていました。しかし、高市首相の広島の平和記念式典での発言を聞き、急きょ8月6日にも社説を発信することにしました。【8月6日(木)社説】被爆地を訪れた高市首相へ 非核三原則は守るべき「国是」だ 首相は「我が国は非核三原則を堅持している」と、これまでの政府の立場を語りつつ、今後、安保3文書などで、非核三原則を見直す可能性については「私が今、予断することは差し控える」と含みを持たせました。 確かに安保を巡る国際環境は厳しく、日本は米国の「核の傘」に入っているのが現実です。一方で、日本は昨年まで32年連続で国連に核廃絶決議案を提出し、米国など核保有国にも、この決議案に賛成するよう働きかけてきました。 にもかかわらず政府が非核三…