ハウス食品や阪神タイガースの社長も 日航機事故、企業人も犠牲に2026年8月12日 0時02分増山祐史印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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乗客・乗員520人が犠牲になった日本航空(JAL)のジャンボ機墜落事故は、12日で発生から41年を迎えた。お盆前で家族連れが乗っていた一方で、大手企業の経営幹部など多くの企業人も乗客に名を連ね、経済界にも影響を与えた。 事故は1985年8月12日に起きた。羽田発大阪行きのJAL123便が午後6時56分、群馬県の「御巣鷹の尾根」(上野村)に墜落。乗客・乗員524人のうち520人が死亡し、単独機による死者としては今も世界最悪の事故だ。 事故では経営幹部や管理職を含めた多くの企業人も犠牲となった。阪神タイガースの4代目球団社長だった中埜肇(はじむ)さん(当時63)は、東京の運輸省(現国土交通省)への出張の帰りに事故に巻き込まれた。この年、阪神タイガースは21年ぶりのセ・リーグ優勝を成し遂げ、ウィニングボールが中埜さんの祭壇に供えられた。 ハウス食品工業(現・ハウス食品グループ本社)の2代目社長だった浦上郁夫さん(当時47)も事故機に乗っていた。主力商品「バーモントカレー」の名付け親だ。長男の博史さんは現在、ハウス食品グループ本社の代表取締役社長を務めている。 松下電器産業(現・パナソニックホールディングス)は系列会社の幹部らを含めて犠牲者が17人に上り、システムエンジニアリング部の部長らを失った。三井住友銀行の前身となる住友銀行でチーフ・エコノミストを務めた木田一男調査第1部長(当時47)も犠牲となった。 41回目の命日となる12日の午前も、墜落現場で遺族らが祈りを捧げる。JALの鳥取三津子社長も慰霊登山に訪れる。夜にはふもとの「慰霊の園」で追悼式典があり、墜落時刻の午後6時56分に黙禱(もくとう)が捧げられる。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人増山祐史東京社会部|国土交通省担当専門・関心分野運輸行政、事件事故、独占禁止法、スポーツ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする