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高校野球の吹奏楽応援には、球児の活躍を後押しする名曲がある。プロ野球選手の応援曲や、長く愛奏されてきた往年のヒット曲などが多いなか、ひときわ輝くのは、強豪校オリジナルの曲だ。中でも広く愛奏されている「チャンス紅陵」の「本家」が12日、24年ぶりに夏の甲子園に帰ってくる。春夏連続出場と準優勝で広がった「チャンス紅陵」 東海大相模(神奈川)など東海大系列校の「Tのマーチ」、習志野(千葉)の「レッツゴー習志野」、大阪桐蔭の「You are スラッガー」……。ライバル校でもついまねをしたくなるオリジナル応援曲たちの中で、強い存在感をはなつのが、拓大紅陵(千葉)のオリジナル応援曲だ。 紅陵の応援は、ほぼすべて、吹奏楽部顧問の吹田正人教諭作曲のオリジナルで構成されている。試合展開に応じて、キレのよいテンポで曲を次々繰り出す応援は、スタイルも曲調も、東京六大学野球の応援によく似ている。 1985年、赴任したばかりの吹田さんは、前年に野球部を春夏連続出場に導いた小枝守監督(故人)から「野球部が強いだけではだめ。『これが紅陵だ』というものを一緒に作っていきましょう」と声をかけられた。頭に浮かんだのは、大好きな東京六大学野球の応援。見よう見まねで作曲を始めた。 2曲目となる「チャンス紅陵」が生まれた翌86年、野球部は春夏連続で甲子園出場を果たし、92年の74回大会では準優勝。軽快に鳴り響く「チャンス紅陵」は、全国に広がっていった。 しかし、毎夏、強豪がひしめく千葉。いいところまで勝ち進みながらも、あと一歩が届かず、2004年春を最後に甲子園から遠ざかっていた。 そんな拓大紅陵の野球応援に、15年、スポットライトがあたった。画期的だった野球応援コンサート 千葉県内でも、特に野球応援に力を入れている「仲間」である習志野と、野球の応援曲中心の「ベースボールサポーターズコンサート」を開いた。吹奏楽部による野球応援は、まだそれほど注目を集めておらず、コンサートホールで野球応援にまつわる曲だけを聴かせる画期的な試みは大盛況。評判となった。 18年には、吹奏楽でも野球でも豊かな実績を誇る愛工大名電(愛知)、大阪桐蔭、作新学院(栃木)、東海大相模を迎え、第100回全国高校野球選手権記念大会を記念した「野球応援コンサートEXPO」を幕張メッセ(千葉市)で開き、習志野とともにホストを務めた。まるで甲子園のアルプススタンド 吹奏楽名門校が競演 いつしか、甲子園のアルプス席での吹奏楽部の演奏は、熱い注目を集めるようになっていた。習志野と交流「自分たちも県のトップレベルに」 習志野との絆は年々深まり、19年からは、野球応援だけではなく、ポップスやマーチングを披露しあうコンサートを年に1~2回開くようになった。 「自分たちも、座奏(座って演奏するスタイル)、マーチング、応援のすべてで県のトップレベルを目指したい」 全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテスト常連校で、日本を代表するスクールバンドである習志野との交流は、拓大紅陵にとって大きな刺激になり、演奏技術はどんどん磨かれていった。 拓大紅陵吹奏楽部出身で、吹田さんの教え子でもある顧問の芝崎杏子教諭は「ソルフェージュや合唱など演奏に関係することはもちろん、あいさつの仕方、掃除への取り組みなど、演奏以外のこともたくさん学ばせてもらいました」と感謝する。 それまでも東関東大会常連だったマーチングに加え、19年の県吹奏楽コンクールで、東関東大会の代表を選ぶ本選への初出場を果たすと、コロナ禍で大会中止となった20年をはさみ、5大会連続で本選出場を果たした。県外へ 海外へ 広がる活躍の場 サウンドは洗練され、それとともに活動のステージも大きくなっていった。「注目していただくことも増え、もっと良い演奏をしようという流れが自然とできた」と芝崎さん。県外での演奏活動も増え、25年末には、台湾への初海外遠征も実現した。 24年ぶりの甲子園には、51曲の応援曲から厳選した23曲をひっさげて乗り込む。中には、18年の「EXPO」で1回だけ演奏し、「甲子園に出たらやります!」と約束したまま封印されていた曲も。 ひときわ輝きを増したサウンドで、拓大紅陵らしい「日本一の野球応援」を披露するつもりだ。 ◇ 12日の試合での応援演奏の模様を、Xの吹奏楽コンクールアカウント(@AsahiBrass)で「実況中継」します。