ストーリー小幡淳一印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

[PR]

520人が犠牲になった日本航空(JAL)のジャンボ機墜落事故から、12日で41年となる。客室乗務員(CA)として事故機に乗っていたいとこ(当時28)を亡くした田中栄さん(59)は、それを機に人生の進路を変え、現在はトキエア(新潟市)のパイロットになった。空の安全を守る思いを次世代へとつないでいる。 三重県鈴鹿市の出身。近くに住んでいたいとこの藤田香さんは10歳年上の姉のような存在で、幼いころにかわいがってもらった。CAとして世界中を飛び回るようになると、その都会的な雰囲気に憧れた。 藤田さんは新卒でCAになれず、一度は別の会社に入った。だが夢をあきらめきれず、試験を受け直して日航に就職した。「仕事は厳しいはずなのに、楽しそうに働いていた。仕事を生きがいにしている姿を見て、すばらしいと思っていた」と田中さんは振り返る。 1985年春、田中さんは慶…この記事は有料記事です。残り1111文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちら

この記事を書いた人小幡淳一前橋総局専門・関心分野事件、マラソン、防災、農業、料理関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする