広島の原爆犠牲者の遺骨で作った「無縁骨仏」、初修理 平和の象徴に木野村隆宏 岡田匠印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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広島の原爆犠牲者の遺骨でつくられた「無縁骨仏(こつぶつ)」が、広島市中区の浄土真宗本願寺派の法縁寺にまつられている。原爆投下から8年後の1953年に4800人の遺骨を固め、阿弥陀仏にした。完成から73年が経ち傷みが目立ち始めたことから、京都を拠点にする仏師が初めて修理を施した。平和の象徴であり続けてほしいと願う。 6月下旬、浄土宗の僧侶で仏師の前田昌宏さん(53)が、法縁寺の仏舎利塔に立つ骨仏と向き合っていた。 高さ約175センチ。首のあたりに、ひび割れができていた。「表面の薄い膜で、なんとか首が保たれている状態。このまま放っておいたら首が折れたかも」 骨仏は遺骨を石膏(せっこう)で固めたものだが、遺骨と石膏の境界にすき間ができ、表面のひび割れにつながったらしい。前田さんは割れ目に漆を塗って、丁寧に直していった。 「骨仏は童顔で、ホッとできる表情。原爆で亡くなった人たちの思いが宿る阿弥陀さまなので、修理ではなく、『手当て』と思って作業しました」。今後も法縁寺に通ってケアを続けるという。やさしく、おだやかな表情 法縁寺の僧侶、大森顕乗(けんじょう)さん(40)によると、4800人の遺骨は、原爆投下から約8年間の整地作業の中で、児童約400人が原爆の犠牲になった本川小学校(当時は本川国民学校)や公園、道路などで見つかったという。すべて引き取り手のない遺骨で、当時の新聞には、広島市西警察署の署長が建立を呼びかけたと報じられている。 大森さんは「一瞬にして命を奪われた6歳、7歳の子どもたちの骨も入っている。お母さんが捜したけど、見つからなかった骨もあるだろう。被爆者や遺族のやりきれない思いがあったはず」と当時に思いをめぐらす。 阿弥陀仏にしたことは「ただ埋めるのではなく、阿弥陀さまにすることで、苦しまずに極楽浄土に往生してほしいという願いを託したのではないか。だから顔がやさしく、おだやか」と話した。原爆資料館で保管して 大森さんと前田さんは、原爆投下から80年の2025年8月6日、平和を祈りながら市内を歩くピースウォークに参加し、交流を深めた。 宗教や宗派を超えた取り組み…この記事は有料記事です。残り658文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人岡田匠文化部|宗教・寺社担当専門・関心分野宗教・寺社関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする