ストーリー石橋英昭印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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佐々木清和さんが、突然亡くなった。 15年前、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)を襲った東日本大震災の津波で、家族4人を失った。その体験を語り伝えることが、ひとり残された佐々木さんの生きる支えになってきた。 まだ59歳、くも膜下出血だった。何度も取材をしてきた私は、言葉を失った。家族の安否不明のまま、災害救援に携わった 2011年3月11日の朝。陸上自衛官だった佐々木さんは出勤前、妻りつ子さんとちょっとした言い争いになった。 りつ子さんが炊飯器のスイッチを入れ忘れていた。昼休み、駐屯地に「まだ怒ってる?」と電話がかかってきて、「もういいよ」と返したのが最後になった。 一人娘の和海さんは中学2年生。その日が卒業式でなければ、地震の時刻はまだ学校にいて、無事だったかもしれない。海に近い自宅前で、落ちた瓦をりつ子さんと片付けているのを、近所の人が見ていた。街はまもなく津波にのまれた。 家族の安否がわからないまま、佐々木さんは所属する部隊で災害救援の仕事に追われた。荒れた生活 官舎のベランダに植えたヒマワリ 9日後に連絡を受け、遺体安…この記事は有料記事です。残り1002文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人石橋英昭盛岡総局員専門・関心分野東日本大震災、在日外国人、戦争の記憶関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






