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二度と津波で命を落としてほしくない。その思いで、東日本大震災で体験したことを伝えてきた語り部、岩手県大船渡市の斉藤賢治さん(78)が5月で活動を終える。「私の役目は終わった」と言う一方で、胸中には複雑な思いもある。 2011年当時は、兄が社長で、銘菓「かもめの玉子」で知られる「さいとう製菓」の専務だった。港のそばにあった会社には「地震だ 津波だ すぐ避難!」との標語が、あちこちに貼られていた。動画に入っていた叫び 「何が防潮堤だよ!」 3月11日の地震発生直後、斉藤さんはとっさに持っていたビデオカメラを回し始めた。 「津波が来るよっ! 早く逃げて!」。社員に指示する声が、記録されている。 高台に避難して間もなく、眼下のまちの道路に津波があふれ出し、逃げ遅れた車や人をのみこんでいった。斉藤さんの悲鳴と叫びが続く。 「(津波が)堤防越えてしまったぞ! 止めてくれ、止めてくれえ!」 「あああああああ! 何が防波堤だよ! 何が防潮堤だよ!」 「収まってくれ、収まってくれ!」 この動画をYouTubeに…この記事は有料記事です。残り900文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人石橋英昭盛岡総局員専門・関心分野東日本大震災、在日外国人、戦争の記憶関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする