インタビュー性別違和に悩む子に親は何ができるか 思い綴り合い、探した「自分」聞き手・畑山敦子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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小児外科医として子どもの命を見つめてきた作家と、性別違和に気づいたわが子と――。中央公論新社から5月に出た『性別違和に生まれて』は、父と子、それぞれの視点で綴(つづ)られたルポルタージュです。父・松永正訓さんは、23歳の子・光さんが本に記した手記と、さらに今回のインタビューに合わせた光さんの寄稿を通して、心の奥にある複雑な思いに気づかされたと言います。困難を抱えた子と向き合う時、親はどんな存在でいられるのでしょうか。小児外科医・松永正訓さんインタビュー ――著書の副題は「父と子で綴った23年」ですね。悩んだ日々の記録を世に出そうと考えたのは。 わが子が性別違和だと私や妻が気づいたのは、光が小学校高学年の頃です。生まれた時に割り当てられた性別は女性でしたが、スカートをはかなくなり、自分の体が嫌だとサラシを巻くようになりました。女性でも男性でもない自分のままで生きたいと悩む姿を間近で見てきたものの、本として書く気はありませんでした。世の中には理解してくれる人がたくさんいるけれど、そうでない人もたくさんいますから。特にネットの世界では性的マイノリティーへの誹謗(ひぼう)中傷が激しく、怖さがありました。 光はどんなに生きづらくても希望を捨てず、再チャレンジしてきました。困難がある中で懸命に生きる姿は、私が医師としてみてきた難病の子や障害のある子たちと重なりました。 生きることに困難があっても、あきらめずにいれば道が開けると信じたい。それを伝えたくて、書くことにしました。 書籍化の話は、旧知の編集者と数年前からしていましたが、当時大学生だった光は将来の道筋が見えず、苦しんでいる最中でした。対面の授業や教育実習が壁となっていましたが、通信制大学に編入して卒業の見通しが立ちました。2023年には出版社の新人コミック大賞で佳作に選ばれ、在学中に漫画家のアシスタントという自分の居場所を見つけることができました。今なら書けるのでは、と。 ただ、光に自分のことを書けるか聞いた時、「あまり覚えていないんだよね」と言われました。性別違和が原因で発症したパニック障害で学校に行けなかったことを何度も悪夢にみていた一方、当時のくわしいことは記憶喪失のように思い出せなかったそうです。つらくて、自分の気持ちも閉じ込めていたのでしょう。 僕が先に1章分を書き、光がそれを読んで記憶を呼び起こして、自分について書いていく形にしました。書き終えた今、悪夢はなくなった、と光は言います。本を書く体験には、心を浄化し心理療法のような面があったのです。予期せぬ好事でした。【光さんの父への思い】スカート拒み、登校で疲れ果て…性別違和の私、父と書いて消えた悪夢■気づけなかった「悔しさ」 ――松永さんは医師として、小児がんや難病の子、障害のある子や家族に向き合い、ノンフィクションを書かれてきました。自身の子の困難に向き合って思ったことは。 父として子どもの困難に直面…この記事は有料記事です。残り2487文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人畑山敦子デジタル企画報道部|言論サイトRe:Ron専門・関心分野人権、ジェンダー、クィア、ケア関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする