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パリの音楽院行きが近づいていた市川誠一郎(42)は、現代音楽の作曲家だった師匠の前で、意を決して口を開いた。 「音楽をやめます。テニスをやろうと思っています」 24歳のときのことだった。 「先生は何を言ってるのかわからない状況だったと思う。音楽の道にほぼ決まりかけていた人間が、やったこともないテニスのプロになりたいです、って」。師匠を裏切ることになるかもしれないと思ったが、決意は揺るがなかった。 小さいころから突拍子もないところはあった。 「電車に乗って旅に出たい」。小学4年生のとき、両親に言い残して寝台列車に1人で飛び乗った。お年玉で切符を買い、東京から北海道、そして北海道から大阪へ。自分でホテルに電話をかけて予約をとった。「東京を出ていく瞬間はちょっと寂しかったけれど、出ちゃったらもう夢中だった」。鉄道のかっこよさを思う存分、写真におさめた。スポーツPlusの受信登録はこちらスポーツPlusはオリジナル記事を有料会員の方にメールで先行配信するニュースレターです。今回は7月21日配信分をWEB版でお届けします。 次に心が向いたのが受験勉強だった。 頭の回転が速い自覚はあった。家業はスーパーで、幼稚園児のころからレジを手伝った。当時の消費税3%をパッと暗算しておつりを渡せた。パリ行き前に抱いたモヤモヤ 小学3年生の終わりから進学…この記事は有料記事です。残り1437文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人内田快スポーツ部専門・関心分野スポーツ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする