「あこがれは球児」 亡き友と甲子園へ「野球は当たり前じゃない」2026年7月9日 10時15分堀田浩一印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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【島根】「野球ができることは当たり前じゃない」――。石見智翠館の遊撃手で主将の吉村武流(たける)選手(3年)は、「あの日」以来、この言葉をかみしめてきた。 福岡の中学生だった2023年1月29日の夕方。キャプテンとして所属していた少年硬式野球チーム「福岡大野城ボーイズ」のホームグラウンドに、部員が集められた。 保護者もいるなか、告げられたのは、チームメートの訃報(ふほう)。脳動静脈奇形という難病で、急死だった。まだ中学2年生だった。 2日前、「自転車で移動中に倒れた」と聞かされてはいた。でも、「命を落とすなんてことは想像もしていなかった」。 チームメートは、エースの松本悠太さん。小学生のころから文集に〈あこがれる人は、「高校球児」〉と書く野球少年だった。 夏の選手権大会に向け、一緒にチームを引っ張っていこう。互いに張り切っていた最中、別れは突然きた。 葬式から自宅に帰ると、父親から言われた。「野球ができることは当たり前じゃない」 悠太さんが登板した最後の試合のビデオを見た。泣きながら見続けた。マウンドで投げる姿を目に焼き付けるように。 「今いる仲間が明日いるとは限らない。一日一日を大切にしよう」と心に刻み込んだ。 別れから3年。今も、命日に手を合わせる。福岡に帰省するたびに悠太さんの自宅を訪れ、野球帽をかぶった遺影に報告する。 昨年暮れに帰省した際は、その年の秋に出場した中国地区大会の記念タオルを届けた。 帰り際、悠太さんの両親に誓った。「夏は絶対、甲子園のタオルを持ってきます」。悠太さんがあこがれた「高校球児」最後の夏だ。 初戦は13日、県立浜山公園野球場で出雲西と対戦する。「一打席一球を大切にし、亡き友の分まで悲願の甲子園大会出場を果たしたい」。あの日を胸に夏に臨む。 悠太さんの両親も応援している。父の賢二さんは「武流君の活躍が励みになっている。(チームメートの中で)一番甲子園に近い」。 母のちひろさんも「動画配信を通じて応援します」と話す。「亡くなっても覚えてくれているのがうれしい」 自宅には、悠太さんの文集が残されている。 〈大人になったら選手として、そして人としてあこがれられる人になりたい〉 〈ぼくが、今、あこがれる人は、全力で野球を楽しむ「高校球児」です〉(松本悠太)有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人堀田浩一松江総局員|行政、経済、警察専門・関心分野経済、農業、高校野球、洋楽関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする