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My吹部seasons 「坂出の田所先生が来るらしい!」 今年3月下旬、香川県立高松桜井高校吹奏楽部(高松市)に激震が走った。 県立坂出高校吹奏楽部を全日本吹奏楽コンクールに8回導いた名指導者で、教諭の田所博の異動が発表されたのだ。田所率いる坂出は、全日本アンサンブルコンテストで金賞も受賞している。 一方、高松桜井は3大会連続で四国大会に出場している。たびたび指導者が代わるという難しい状況下で結果を残してきているバンドだ。 田所の赴任を知ったときのことを、今年度の部長でトランペットのトップ奏者を務める宮村朋花(3年)はこう振り返る。 「田所先生が坂出高校で大活躍している先生だということは知っていました。県内ではちょっとした有名人だったので、『うちに来るんだ!』とびっくりしたし、ワクワク感もありました」 その半面、不安もあったと朋花は率直に語る。 「受験があるので、練習時間がめちゃくちゃ増えたらどうしよう……と思いました」 多くの部活で高3は夏までに引退し、受験勉強に専念する。吹奏楽部は四国大会が8月下旬。引退が遅いだけでなく、毎日の勉強時間も減ってしまうかもしれない、と危惧したのだ。 ♪顧問が代わると部活は変わる? 高松桜井は、部員同士が学年やパートを問わず仲良しで、和気あいあいとした雰囲気があった。それが変わってしまうかもしれない、と心配する声もあった。 田所は顧問に就任して、部員たちにアンケートをとった。そこには何を目標とするかという項目もあった。田所はこう語る。 「圧倒的に多かった目標は『コンクール四国大会金賞』。全日本吹奏楽コンクール出場を目指したいという子がいるかと思いましたが、そんなことを考えるのはおこがましいと思っているような印象でしたね。自分たちの潜在能力を自覚できていなかったのかもしれません」 高松桜井で指導を開始するにあたっては、田所はかなり神経を使った。部員たちの不安な気持ちは理解できたからだ。 「顧問が代わると部がひずむ、というのは経験で知っていました。私にもやりたいことがありますが、これまでの高松桜井のやり方を大きく変えると抵抗が起こるので、どこで折り合いをつけるかを見定めながらやってきました」 顧問が代わったからといって簡単に部活が変わるわけではない。それでも、「だいぶ技術や、やる気は上がってきている」と田所は手応えを感じている。 ♪ 全国大会出場について、朋花はこう考えている。 「いまの高松桜井の実力が全国大会レベルかというと、そんなことはないと思っています。だから、夢見てもいません。ただ、四国大会金賞は目標ですし、自分たちができる限りの練習を重ねて、少しでもその場所に近づけたらと思っています」 朋花は高1からコンクールメンバーで四国大会の舞台にも立ってきたが、高1のときは銀賞、高2は銅賞と悔しい経験をしてきた。だから、今年は金賞を目標に据えているのだ。 副部長を務めるテューバ担当の原拓斗(3年)は、小3から金管バンド部に所属し、全日本小学生バンドフェスティバルにも出場したことがある。しかし、いまは全国大会出場よりも、部活と受験勉強の両立のほうが気になると言う。 「全国大会は大きな夢ではありますが、そこを目標にして頑張るとなると、受験勉強がおろそかになって、その先で苦労しそうかなと思ってしまいます」 その一方で、拓斗は田所の指導を受けて自分たちがレベルアップしてきていることも実感している。 「これまでやっとった練習とは違うことをやるようになって、演奏が明らかに向上したことに感動しました。先生からは、いままで考えてもみなかった視点から意見が飛んでくることもあります。先生の指導で基礎が固まってきたことで、音程がだいぶ整ってきているなと日々感じています」 朋花も「田所先生流の基礎合奏をやるようになってから、サウンドがガラッと変わりました」と語る。 ♪少しずつ磨かれる技術の先に 音楽面でのレベルアップが、少しずつ部員たちのモチベーションも変えつつある。 学生指揮者でクラリネット担当の松下心暖(こはる)(3年)はこう話してくれた。 「田所先生の指導で、技術面はどんどん上がっていくと思います。ただ、部員一人ひとりがもっと部活に対する『本気』を持たないといけないかな、精神的な成長が必要かなとも思っています」 田所が部員たちに「四国大会金賞を目指すなら、もうひとつ上の全国大会出場を目指すくらいの気持ちでやらないと達成できないよ」と語ったことが、心暖の心に残っている。 「吹奏楽部は、自分らしくいられる大切な場所です。でも、いままでは活動がゆるくて、仲良し集団みたいな雰囲気でした。それが悪いことではなく、崩したいと思っているわけではないですが、一致団結して目標に向かうという姿勢も出てくるといいかなと思っています」 良い部分は残しつつ、より充実した部活動にしていきたい――。部員たちの中に意識の変化が芽生え始めているのだ。 ♪ 今年、コンクールの自由曲として田所が選んだのは保科洋作曲《復興》。2018年に坂出高校で演奏し、全国大会にも出場した曲だ。 田所は選曲の理由をこう語る。 「いまの高松桜井に合った、バンドの魅力を引き出せる曲だと思って選びました。この曲をどこまで極められるかが課題です」 田所は決して全国大会出場を究極の目標と考えているわけではない。その思いは、高校生にしかできない感動的な音楽を奏でること。そして、その中で教え子たちが大きく成長することだ。 「私がいちばん望んでいるのは、高松桜井の部員たちが『私たちでもできるんだ』と自信を持ってくれることですね。いまはまだ、自分たちが秘めている可能性を感じ始めたばかり。感動的な音楽や仲間との一体感を体験することで『吹奏楽の魅力ってこんなにすごいものだったんだ』と実感してほしいです」 田所が日々投げかける言葉や指導が、部員たちの胸に小さな波紋を起こしている。それはいつか、大きなうねりに変わるかもしれない。静かな覚醒が、すでに始まりつつあるのかもしれない。 香川県大会は7月31日、四国大会は8月23日。結果がどうなるかはわからないが、田所の指揮で奏でる《復興》は高松桜井の新たな始まりを告げる音楽となることだろう。(敬称略) × × ×オザワ部長 吹奏楽作家。神奈川県立横須賀高校から早稲田大学第一文学部文芸専修卒。ペンネームは「架空の吹奏楽部の部長」という設定から。吹奏楽部を舞台にした小説やノンフィクションなど著書多数。 2025年3月には、ノンフィクション書籍「吹部ノート 12分間の青春」(日本ビジネスプレス)が刊行された。吹奏楽情報サイト「青春ブラボー吹奏楽部」(https://suisougakubu.net/)も運営している。