ストーリー最初は不良少年だった 三陸の港町に無二のボート競技が根付いたわけ長野剛印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

[PR]

本州最東端の街、岩手県宮古市の夏を彩るカッター大会が、今年も19日に開かれる。海のプロが訓練に使う大型カッターボートで市民が競う、他に例のない大会だ。今ではすっかり地元文化となった宮古のカッターは半世紀前、不良少年たちとバスドライバーの出会いで始まった。 7月上旬、夕方の宮古港に仕事を終えた人たちが集まってきた。14人のチームごとにカッターに乗り込み、険しい山肌の迫る波穏やかな湾内にこぎ出していく。 「カッターはチーム円満、職場円満。和やかにやるのが良いんですよ」 大会を控え練習に余念がないチームを横目に、市カッター協会の佐々木憲一さん(83)が笑う。宮古にカッター文化を根付かせたその人だ。 1979年春。佐々木さんは路線バスの運転手として働く傍ら、母校の宮古水産高校で剣道部の指導をしていた。 道場の工事で稽古が休みにな…この記事は有料記事です。残り1113文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録

関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする