インタビュー聞き手・吉田貴文印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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高市早苗首相による衆院解散で、史上最多の議席を得た自民党。他の政党が消長を繰り返すなか、なぜ命脈を保ち続けるのか。結党から70年を超え、一党優位の状況に死角はないのか。経済産業相などを歴任した自民党衆院議員の斎藤健さんに聞いた。 ◇ 先の自民党大会で立党70年を機に発表した「新ビジョン」の策定本部座長を拝命した時、私の関心は、他の多くの政党が生まれては消えるなか、我が党は何故70年にわたり支持され続けたのか、その一点でした。結論は、我が党の議員が党に過度に依存しなかったがゆえに党が続いたという、逆説でした。 この間、自民は政権を失ったり、スキャンダルで逆風が吹いたり、何度も危機的な状況に陥っています。しかし、どんな逆境でも一定数の議員が党を頼らずに選挙に勝ち、そうした面々が党を再建している。 彼らはどうして当選できたのか。党は気に入らなくても、この人は支持できるという関係を、有権者との間で築いてきたからです。 具体的には、地元活動に取り組んだり、困りごとの相談にのったりして信用を得る。なにより大きいのは、幅の広さでしょう。国民政党の幅の広さと責任政党の矜持 明治時代の自由民権運動を源流とし国民政党を標榜(ひょうぼう)する自民党は、特定の思想による政党ではない。社会・共産主義者以外なら誰でもオーケー、という政党です。いまそこにいる人たちから、業界団体の意見まで耳を傾ける。幅が広い分、ある分野で痛みが生じる場合もあるでしょう。そんな時にも全体最適を優先し、痛みの伴う政策を実行してきた。消費税はその一例で、それこそが秩序と統治を担う責任政党の矜持(きょうじ)です。 責任政党であることへの執念を痛感したのは、初当選した2009年衆院選の後でした。民主党に大敗し下野した自民でしたが、党のイメージを変えようと、綱領の見直しも含めて様々な取り組みをした。私も、長期間政権を担った政党が下野後に復活した海外のケースを調べるよう幹部から命じられ、オランダに出張して中道右派の「キリスト教民主勢力」を例に報告書をまとめました。 当時、党内には10年は政権に戻れないという危機感があり、そこまでしていたんです。民主党の失政のお陰もありますが、3年で復権できたのは、そうした努力の結果です。高市総理の人気で圧勝したが…… 先の衆院選は圧勝しましたが…この記事は有料記事です。残り405文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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