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高畑勲監督が1988年の映画「火垂るの墓」に、野坂昭如さんの原作にない亡霊を登場させたのはナゼか。主人公・清太の亡霊を全ての成り行きの観察者に仕立てることで客観性を強めるため。もう一つは、時を超越した亡霊によってあの時代と現代を結ぶため。これは映画を見れば明らかです。現代性を持たせたかった動機の一つに、高畑さんがプロデューサーを務めた宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」(84年)完成後に下した評価「宮さんの友人としてのぼく自身の評価は30点」「『現代を照らし返してほしい』という部分がもう少し強く出る構成にならなかったかと、残念なんですが」(徳間書店ロマンアルバム・エクストラ「風の谷のナウシカ」)、この“苦言”を自作で実行してみせようという思いがあったのでは――というのが私の説です。 太平洋戦争末期の神戸で14歳の清太と4歳の節子の兄妹が空襲で家も母も失い、孤独と飢えの中で死んでいく物語。映画は高畑さん自身が脚本を書きましたが、使われなかった深沢一夫さんによる“幻の脚本”があった、と6月17日の読売新聞が報じました。言うまでもなく「太陽の王子ホルスの大冒険」(68年)と「母をたずねて三千里」(76年)で高畑さんと組んだ方です(2016年に死去)。私は深沢脚本の存在を知らなかったので「へえ」と驚きました。 6月24日に出た寺越陽子さん著「高畑勲と『火垂るの墓』―『幻の脚本』と『7冊の構想ノート』を読み解く―」(新潮社)で、その深沢脚本と高畑さんの構想ノートの一部が紹介されています。ポイントは〈深沢脚本に亡霊は出ない〉と〈高畑さんの構想の中で亡霊が生まれた経緯(の一部)が分かる〉、コレです! 深沢脚本の冒頭は、清太が三宮駅の便所で下痢に苦しみ、その後、構内の柱にもたれたまま便失禁して砂でそれを隠そうとする、というシーン。原作よりグッと描写が長く克明で憐(あわ)れみを誘いますが、生理的にきつい。映画は便所シーンがなく、ぐったり座っている清太のまわりにしみが広がっていて通行人が気づいてよける、という簡素な描写になっています。ちなみに深沢脚本は、この駅に軍国主義者を批判する演説が響くといった描写もあります。 冒頭を比較するだけでも、高畑さんと深沢脚本の方向性の違いがうかがえます。 スタジオジブリの鈴木敏夫プ…この記事は有料記事です。残り4087文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人小原篤文化部|映画・アニメ・マンガ専門・関心分野映画・アニメ・マンガ全般関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






