ストーリー吹奏楽で言葉を超えた国際交流 日台の中高生の行き来が活発に2026年7月12日 7時00分魚住ゆかり印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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吹奏楽を通じた日本と台湾の交流が、年々盛んになっている。台湾の学校が夏休みに入った7月、さっそく吹奏楽部員が来日し、各地で交流を繰り広げている。東京での吹奏楽祭に海外から初出演 5日、府中の森芸術劇場(東京都府中市)で開かれた吹奏楽祭「2026マーチ&ポップスin府中の森」(都吹奏楽連盟主催)に、台北市立興雅(シンヤ)国民中学の管楽団が参加した。初の海外からのゲストだった。 正式結成から6年という若い吹奏楽団だが、3年前から毎夏に来日しては、各地のスクールバンドと交流している。昨夏、「マーチ&ポップス」を初めて聴きに訪れた彼らに、都吹連の斉藤厚子理事長が「来年もいらっしゃるなら、演奏しませんか」と提案。今回、出演が実現した。 興雅中の55人は、少し緊張した面持ちでステージに登場。顧問の符秦僥(フーチンイャオ)さんの指揮で、全日本吹奏楽コンクールの課題曲だった「マーチ・スカイブルー・ドリーム」(矢藤学)や「銀河鉄道999」、東京スカパラダイスオーケストラのメドレーなどを披露。台湾の「全国学生音楽コンクール」に5年連続出場中という実力派の豊かなサウンドや見事なソロに、会場から大きな拍手が湧いた。毎夏来日、各地で交流 来日したのは2日。春日部共栄高(埼玉県)や玉川学園中(東京)を訪ね、両校の吹奏楽部と交流した。 玉川学園は以前から学校交流で台湾を訪ねることが多く、「名前は存じ上げていました」と符さん。団長の凃彤穎(トウトンイン)さん(2年)も「テレサ・テンの曲を一緒に合奏しました」とうれしそうにメロディーを口ずさんだ。 興雅中がそんな交流をしていたころ、同じ時期に来日した新竹県立二重(アルチョン)国民中学の管楽団も、さいたま市立土屋中を訪ね、吹奏楽部員と交流した。6月には、台北市立中山(ジョンシャン)女子高級中学のマーチング部が、熊本県内の高校と交流。台湾の学校を引率する台湾の旅行社の担当者は「月に数回のペースでお連れしているが、日本での交流を希望するスクールバンドはどんどん増えている」と話す。「吹奏楽の父」がまいた交流の種 玉川学園のように日本から台湾を訪ねるケースも多い。毎年12月から1月にかけて開かれる「嘉義市国際バンドフェスティバル」には例年、いくつものスクールバンドが招かれる。昨年は、熊本工業高や東京農大二高(群馬)、拓大弘陵高(千葉)などの吹奏楽部が出演。このほか、国慶節や台湾ランタンフェスティバルなどで招かれることも多いという。 吹奏楽を通じた日本と台湾の交流が本格化したのは1980年代後半。昨年12月に96歳で亡くなった吹奏楽指導者、秋山紀夫さんが、アジアとしては吹奏楽が盛んだった台湾を訪れ、熱心に指導するようになったことがきっかけだ。 台湾の吹奏楽関係者によると、秋山さんは「台湾吹奏楽の父」とも呼ばれ、軍楽の影響が強かった台湾の吹奏楽教育を大きく変えたとともに、日本のスクールバンドを次々と台湾に紹介し、交流の種をまいた。言葉を超えた交流、これからも 台湾の吹奏楽関係者は「日本の吹奏楽は歴史が長く、レベルも高い。台湾の中高生にとってすごくいい勉強になります」と話す。 符さんは「言葉を超えた国際交流によって視野を広げることもできる。今後もできるだけ続けていきたい」と話した。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません