インタビュー第2回「推し」への批判、自分も傷ついてしまう心理は? 認知科学者が解説編集委員・岡崎明子 益田暢子 神戸郁人印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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「推し活」の沼 ~救いか、依存か~(2) 好きなアイドルやキャラクターを応援する「推し活」。日々の支えになる一方で、のめりこみすぎてしまう人もいます。なぜ人は「推し」の存在にここまで心を動かされるのでしょうか。認知科学の「プロジェクション」という心の働きから、推し活の光と影を読み解く愛知淑徳大教授の久保(川合)南海子さんに聞きました。 ――そもそも、「推し」って何でしょう。 ある対象を好きな人たちは「ファン」と呼ばれます。そこから一歩進み、好きな対象について時間やお金を費やしたり、何か行動したくなったりする。その対象が推しなのだと考えられます。 好きな対象のことを「もっと知りたい」と思っていろいろ調べたり、ライブに行ったり、動向を追いかけたりする推し活の最初の一歩は、恋愛の「片思い」とよく似ているかもしれません。「推し」の検索やめられない 癒やしだった彼が、苦しみに変わるまで ――なぜ人は、推し活にこれほど心を支えられると思いますか。 推し活によってもたらされる幸せには、三つの種類があると思っています。 一つ目は、自分の世界が広がっていく幸せです。K-POPをきっかけに韓国語を勉強するなど、挑戦するきっかけになったり、推しを通じて交友関係が広がったりします。新しいことを始めるにはちょっと勇気がいりますが、その背中を押してくれるのが推しなのです。 二つ目は、「利他の幸福」ですね。人間には長い進化の過程から、他者と協力して集団を維持することに幸せを感じるという生得的な傾向があります。直接的な見返りがなくても、時間やお金など自分の資源を分け与える行為そのものが、私たちに幸福感をもたらします。 三つ目は、自分だけの居場所を得られることではないでしょうか。推し活をしていると、家庭や職場といった日常のストレスから解放され、自分らしく好きなように過ごすことができます。それがイベントであれ、オンラインであれ、現代の私たちにとっては居心地のよい場所になっていると思います。同じ「赤」でも、見えているものが違う ――推しが特別な存在になる…この記事は有料記事です。残り1925文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人岡崎明子編集委員|イチ推しストーリー編集長専門・関心分野医療、生きづらさ、ジェンダー、働き方益田暢子デジタル企画報道部専門・関心分野教育、語学、ジェンダー関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする