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日本勢初となる大リーグ通算300本塁打の大台まで、あと「1」。 いまや誰もが認める大リーグきっての強打者となったドジャース・大谷翔平(32)の、はじまりを振り返る。 早くホームランを打ってほしい。それも、大リーグ屈指の投手から、とびきり大きなホームランを打ってほしい。私はそう願いながら、いつも大谷の打席を見ていた。キャンプ、オープン戦は対応に苦慮 2017年のオフ、大谷はポスティングシステムを使って、プロ野球の北海道日本ハムファイターズから、ロサンゼルス郊外のアナハイムを本拠とするエンゼルスに移籍した。大谷が活躍の場をアメリカに移したのと同じく、日本ハム担当だった私も大リーグ担当になり、18年2月中旬のキャンプから大谷を追った。 ベーブ・ルース以来の本格的な投打「二刀流」として注目を集めた大谷は当初、大リーグの投手への対応に苦労していた。オープン戦では差し込まれたり、ボールの上っ面をたたいたりで、打球がなかなか上がらない。 投手の投球テンポにもタイミングを合わせきれず、首をかしげる場面が多かった。オープン戦の打率は1割2分5厘。現地メディアのなかには、大谷の打力に懐疑的な見方をする記者もいた。 しかし、大谷に悲壮感はなかった。常々、「僕は不完全な選手」と言う。謙遜ではなく、まだまだやるべきことがある、努力が足りない、と心の底から思っている。壁に直面したときは、さらなる成長へのチャンスなのだ。 このときも試行錯誤の末、一つの決断を下した。キャンプやオープン戦中盤までは、日本にいたときのように右足を上げてタイミングを取っていたが、開幕直前の3月下旬に思い切って変えた。 キャンプ前は「変えなきゃいけないところがあれば、そのつど考える。まずは今までのスタイルで、力を発揮したい」と話していた。まさに、変えなければいけない時期が来た、と判断したのだろう。大谷は、打撃がうまい投手か? 同僚だったアルバート・プホルスの打撃フォームも参考にして、右ひざを内側に入れ、つま先立ちするような動作でタイミングを取るようになった。大谷は取材に対して「より長くボールを見るためです」と、その意図を明かした。 迎えた3月29日の開幕戦。アスレチックスの本拠、オークランドコロシアムの一塁側ベンチの前で私が練習を見ていると、米ヤフースポーツの記者に尋ねられた。 「実際のところ、教えてほしい。オオタニはどんな選手なんだ? バムガーナーみたいなもんだと思っていればいいか?」 バムガーナーとは、当時ジャイアンツに所属していた左腕投手、マディソン・バムガーナーのことだ。16年に指名打者を放棄して「9番・投手」で出場したり、17年の開幕戦は2本塁打を放ったりと、打撃がうまいことで知られていた。 とはいえ、バムガーナーはあくまでも投手。違う。大谷は打撃がうまい投手ではない。 空気を切り裂くような強烈な打球。どこまで飛ぶんだと、ポカンと口をあけて見入ってしまうほどの長大な放物線。打者・大谷のすごさをどうやって説明すればいいのか。しばらく考えて私は言った。 「いや、大谷は2人いると思ってほしい。投手の大谷と、打者の大谷。バムガーナーじゃないんだ。バッティングのうまい投手じゃないんだ。まさに『2WAY PLAYER』なんだ」開幕戦で初安打 私の心配をよそに、大谷は開幕戦の二回に回ってきた第1打席で初球をとらえ、一塁線を抜ける大リーグ初安打を放った。4月1日の開幕第4戦は、投手として出場して6回3失点で勝ち投手に。3日、本拠アナハイムのエンゼル・スタジアムに戻ってインディアンス(現ガーディアンズ)とのカード初戦で、一回にカーブをとらえて右翼席最前列への初ホームランも出た。 本拠での初戦で、いきなりホームラン。現地メディアの大谷を見る目が変わってきたのが、肌に伝わる。ただ、滞空時間の長い、ふわりと上がった打球は大谷本来のそれではなかった。 当時のソーシア監督は「風だよ」。大谷自身も「その通りです」。もちろん私も、こんなもんじゃない、と思っていた。 もう少しだ。誰もが認める投手からホームランを打てば、大谷の打力をみんな心から理解してくれる。 そして4日。インディアンスとの第2戦は、大谷の実力を証明するうえで、うってつけの投手がマウンドに上がった。「打力を米国メディアに知らしめたあのホームラン」渡米当初の大谷翔平は大リーグの投手への対応に苦心していました。






