コラム・寄稿日本古代史の謎「磐余池」はどこに?小字名・米軍の航空写真など駆使印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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日本古代史の基本文献史料「日本書紀」にも登場する「磐余池(いわれいけ)」とは、どこにあったのでしょうか。奈良県桜井市に現存する二つの神社の位置関係など歴史地理学の手法で、奈良県立図書情報館の千田稔館長に考えていただきました。 前回は、履中(りちゅう)天皇の磐余(いわれ)稚桜宮(わかさくらのみや)と磐余池の所在地、そして聖徳太子(厩戸皇子(うまやとのみこ))の上宮(かみつみや)の場所の位置関係について考えました。 磐余池を奈良県桜井市池之内~橿原市東池尻町付近に想定する場合、近くに「稚桜(わかざくら)神社」があることから、履中天皇の稚桜宮をそのあたりに求めることも想定できます。磐余池の近くに営まれた聖徳太子の父、用明(ようめい)天皇の池辺双槻宮(いけのべのなみつきのみや)もそのあたりにあったとみて、池辺双槻宮の南にあったという聖徳太子の上宮の位置を求めようとする一説をとりあげました。二つの「ワカサクラ」神社とは ところが、桜井市には二つの…この記事は有料記事です。残り1252文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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