【社説】社会保障の給付 「手取りを増やす」で見過ごされるもう半分2026年7月5日 19時00分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするこの社説のポイント●社会保障国民会議の目的は「手取りを増やす」に尽きていて、全体像の議論に欠ける●話し合ったのは消費税の減税と現金給付だけで、社会保障のサービス確保策に目を向けていない●全体像がゆがめば、社会保障は全体として不安定化し、命や暮らしを脅かす

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食料品にかかる消費税を減税し、現金を配るという「お金の話」に終始し、本当に必要な社会保障サービスの確保策には目を向けていない。 これが、高市早苗首相肝いりで始まった、社会保障国民会議の姿だ。 目的が「手取りを増やす」ことに尽きている。「手元に残るお金(可処分所得)はいくらか」というモノサシのみで、給付と負担を評価する。欠ける「全体像」の議論 国民会議は6月中の結論を断念したが、中間とりまとめ案の「基本的考え方」には「税および社会保険料と給付を通じた国民一人ひとりの受益と負担の全体像を踏まえる」と書かれている。ところが、社会保障のもう半分にあるサービスの給付(現物給付)を含めた「全体像」の議論が欠けているのだ。 病気になれば医療を受けられる。介護が必要になればヘルパーが来てくれる。子どもを預ける必要があれば保育所がある。こうしたサービスは、約140兆円の社会保障給付の半分近くを占める。 貧富の差にかかわらず、誰もが必要な時に受けられる。そんなサービスを、社会全体の「共有地」として整備し、維持していく役割が政府にはある。必要となる人材や設備のために、私たちの社会保険料や税が使われる。 サービス給付の特徴は「必要に応じて受け取る」ことだ。誰も医療サービスを受けたいといって病気になるわけではない。苦しいとき、痛いときに利用する。「共有地」をどう維持するか 一方、現金給付はお金が配られるので、もらって損はない。病気やケガをした人と違って、経済的に困っている「社会が支援すべき人」を見分けるのには、本来、正確な所得や資産の把握が必要だ。「もらえる」「もらえない」で不公平感も生まれやすい。 政治は「共有地」の維持にかかる財源確保から、目をそむけがちだ。社会保険料や税を減らして現金給付を増やせば、どうなるか。人手不足が深刻化し、処遇改善が必要なのに、その元手が減る。 サービス給付を維持するなら、財源は不可欠だ。ところが、とりまとめ案は赤字国債に頼らないとする一方、補助金見直しや税外収入など抽象的な記述にとどまる。「どの補助金を削るのか」「別の誰が負担するのか」という核心があいまいだ。 社説は、所得に応じた「きめ細かな現金給付」に賛同してきた。ただし、サービス給付も視野に入れなければ「受益と負担の全体像」はゆがむ。社会保障は全体として不安定化し、私たちの命や暮らしを脅かす。それがこわい。消費税「実質ゼロ」の財源確保策、年末に先送りへ 与野党で異論噴出「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません