現場から第1回「これや」小浜ルート、引いた首相の赤鉛筆 半世紀未完の北陸新幹線久保智祥印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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はやく新幹線できないかな 毎日お祈りしてるの――。 3月末、ユーチューブに上がった30秒ほどの動画。北陸新幹線を思わせるブルーの画面に、ポップなメロディーに乗ったAI(人工知能)の歌声が重なる。 輝く星に手を合わせる少女の願いは切実だ。 お菓子よりもゲームよりも 大阪行きのレールが欲しいの――。 「新幹線できないかな」と題するこの歌。手がけるユニットの名前は「KAGAYAKIES(カガヤキーズ)」とされている。正体は、福井県庁の新幹線建設推進課の有志職員たちだ。 東京を起点に長野、金沢を通る北陸新幹線は、2024年3月に福井県の敦賀市まで延伸された。カガヤキーズは、その開業を記念する歌をつくるために結成された。 ただ、福井県の願いはその先へと続いていた。 敦賀の西、かつて日本を代表する海運の拠点の一つだった小浜市を通って大阪に至る「小浜・京都ルート」の実現だ。カガヤキーズの漆原亮佑さん(37)たちは、小浜がある若狭地域の人たちのこんな声を聴いてきた。 「新幹線はいつになったらできるん」「なんでさっぱり進まんの」 漆原さんは「50年来の気持ちをストレートに伝えたいと思うと、歌は一気にできた」と話す。 歌詞はこう続く。 明日新幹線できますように さすがに明日には無理かな だけど明後日にはできますように 新幹線できるはず 簡単にできないことなんてわかっている。そんな思いがにじむようだ。北陸新幹線 できないかな 53年前に国の計画が決まった北陸新幹線。大阪への最後のルートが今国会の会期中に再決定されます。人口減少の時代、地域に「新幹線が来る」ことの意味を考えます。「若狭ルート」決定の経過伝える文書 願いが50年来とされるのは、1973年に決定された国の整備新幹線の計画ルートに「小浜市付近」と刻まれたからだ。 時の宰相は、東京と地方を新幹線や高速道路で結ぶ「列島改造論」を掲げた田中角栄首相。田中首相が、いま「小浜ルート」と呼ばれている道筋を最初に決めた。 福井県坂井市に住む福岡あつ子さん(82)を訪ねると、県庁に長く勤め、8年前に亡くなった夫の福岡正孝さんが残した文書を見せてくれた。 「新幹線若狭ルート」と題された2枚のA4用紙。その記述を元に、ルートが生まれた経過をまとめると、こうだ。 1964年に東海道新幹線が開通し、各地が「次」を期待する時代。福井県として政府に「北回り新幹線」の整備を強く求めるには、自らの案を示す必要があった。方針のとりまとめにあたったのが企画調整課にいた福岡さんだった。 福岡さんは「敦賀から先」に…この記事は有料記事です。残り843文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません