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奈良市の世界遺産・平城宮跡に隣接する「東院南方遺跡」で、奈良時代前半には四つに区画されて利用されていた土地が、後半には一体化されて礎石建物などが立ち並ぶ施設として使われたことが確実になったと、発掘調査をした奈良文化財研究所(奈文研)が1日、発表した。 平城宮跡は東西約1・3キロ、南北約1キロの長方形だが、東南角が四角く欠けたような形をしている。東院南方遺跡は、その欠けた部分にあたる奈良時代の「一等地」。奈文研が2024年度から発掘調査をしている。 初年度には中央部分を発掘し、奈良時代前半には東西に走る道路があったが、後半にはなくなっていることがわかった。平城京の市街は道路で130メートル四方の「坪」に区画されているのが基本。この場所では奈良時代後半に道路を廃し、南北の坪を一体化させた可能性が高まった。 昨年度はその南側を発掘し、奈良時代前半には南北に走る道路もあったことを確認。道路で田の字形に区画された4坪を、奈良時代後半に一体化させたことが確実になった。ほかにも2カ所が発掘され、廃絶後の道路の跡に、礎石で柱を支えた建物が立てられた痕跡なども見つかった。 過去の発掘調査で出土した木…この記事は有料記事です。残り241文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人今井邦彦専門記者|歴史・文化財専門・関心分野歴史、考古学、文化財、サブカルチャー関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






