世界遺産・平城宮跡の建物復元に「疑義」 海外の指摘に出した答えは筒井次郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】平城宮跡歴史公園で復原中の建物「東楼」を覆う巨大な素屋根の移動作業が始まり、朱塗りの東楼が初めて姿を現した=大山貴世撮影

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奈良時代の都の中心だった平城宮跡(特別史跡、奈良市)に、かつての主要な建物が次々復元されている。大極殿などに続き、4棟目となる東楼(ひがしろう)が今春完成した。ただ、歴史的な建物の復元には、海外から否定的な意見もある。国内の専門家が考える「復元の意義や価値」とは――。 平城宮跡は、ユネスコの世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産の一つ。広大な〝原っぱ〟となった史跡範囲に、1955年から続く発掘調査や史料に基づき、建物が復元されてきた。 世界遺産に登録された98年に正門の「朱雀門(すざくもん)」、遷都1300年の2010年に中心施設の「大極殿」、22年にはその正面にあった「大極門」が完成。その東隣にあった楼閣が「東楼」だ。いずれも遺構を保護する盛り土の上に、当時の材料や工法をできるだけ再現して建てられた。文化財保存、欧州は異なる理念 しかし、大極殿を建設中の05年、ユネスコ世界遺産センターから「復元には万全な根拠があるのか。推定の部分を含んでいないのか」と疑義が示された。 世界遺産は、復元に厳しい規定がある。欧州などの遺跡は石造の建物が残っているのに対し、日本など木造の建物の遺跡では地下遺構しか残らないといった文化の違いもあり、「欧州は復元に慎重な立場。文化財保存の理念は『何も足さない、何も引かない』なのです」と、世界遺産に詳しい稲葉信子・筑波大名誉教授は指摘する。 この疑義に対し、文化庁で世界遺産を担当した奈良文化財研究所(奈文研)の本中眞所長によると、12年に京都で世界遺産条約採択40周年の会合が開かれた際、同センターと中国、韓国の専門家を平城宮跡に招いて議論したという。記事の後半では、海外の専門家と確認した「復元の条件」や、復元された東楼の詳細について紹介し、復元建物の「新しい価値」へと議論を深めます。 「復元には二つのメリットが…この記事は有料記事です。残り961文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人筒井次郎文化部|大阪駐在・歴史担当専門・関心分野世界遺産、京都・奈良、寺社・遺跡・文化財関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする