【社説】抽象的予測で刑罰? 国旗損壊罪、予防的立法事実のあやうさ2026年6月29日 19時00分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするこの社説のポイント●国旗損壊処罰法案が衆院委員会を通過したが、審議の内容や経過に問題がある●「将来に向けて抑止するために必要」との提案者説明は、首をひねる見解だ●抽象的な予測だけで刑罰の新設が許されるなら、市民の自由の不当な侵害を招く
[PR]
日の丸は、国民の祝日に掲げたり、スポーツの国際試合で応援の際に振ったりするもので、特段壊したり焼いたりすることは日常生活ではない、だから損壊を罰する法律ができても問題ないのではないか――そんな受けとめをする人も多いかもしれない。 しかし、国旗損壊処罰法案の提案者らによる国会での説明を聞くと、なぜいま必要なのかはっきりせず、処罰対象はあいまいなままだ。ずさんな論理に目をつぶれば今後、同様に問題のある立法が続出しかねず、禍根を残す。 法律には、人々の自由を縛る面もある。だから新たに法律をつくる際には、なぜそれが必要で合理的なのかを示す客観的な根拠が欠かせない。「立法事実」と呼ばれる。処罰を伴う場合は、捜査機関の恣意(しい)的な運用につながらないかどうかなど、なおさら慎重な吟味が不可欠となる。 今回の法案はどうか。提案者は、他人が所有する国旗を損壊した場合は器物損壊罪が適用されるが、自身が所有する国旗には問えないので立法が必要だという。だが自己所有の国旗の損壊事例の有無を問われても、「取り締まる法律がないので承知していない」と答えるにとどまった。 当初「立法事実がない」と指摘していた国民民主党は「将来に向けて抑止するため、予防的立法事実も必要だ」と説明した。首をひねる見解だ。この論理が常に通用すれば、「将来起きるかもしれない」という抽象的な予測だけで刑罰を新設する例が次々と生まれ、市民の自由の不当な侵害を招きかねない。 国会審議では国旗の寄せ書きを巡り、ある提案者は「メッセージの内容を考慮に入れて判断するものではない」と答える一方、別の提案者は応援メッセージも処罰対象になり得ると答えた。答えがばらばらなのもおかしいが、行為の外形を超え、表現の内容にまで踏み込む可能性を示唆するもので、重大な問題だ。 日本維新の会の「成立を契機に愛国心も醸成されていく」との発言も見過ごせない。国旗への敬意を刑罰によって求めるのは不当で、本来は自由な社会の中で自発的に育まれるものだろう。 法案は衆院内閣委員会の3日間、計約11時間の審議で可決された。今国会で成立する公算が大きい。ただ、いまここにはない危険を「予防」するための法律が十分な議論を経ずに成立する実績ができることに強い警告を発せざるを得ない。法案の撤回を強く求める。民主社会を支える立法のあり方も表現の自由も、共におびやかす事態である。「国旗損壊罪」法案、賛成多数で委員会可決 提出者4党とみらい賛成「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません








