「日本一野球に熱い」後輩の繰り言 笑った先輩が最後にくれた言葉2026年6月27日 7時00分中川壮印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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「どこから見ても自分らは下の方。(選手権岡山大会まで)あと1カ月。おれはずっと心の底から、本当に甲子園に行けると信じている」 6月9日、日没後のグラウンド。明誠学院(岡山市)の金木(かねき)壱誠(いっせい)主将(3年)が練習の最後、選手全員の前で語った。1年生の時から、繰り返し口にしてきた目標だ。 「高校野球をやっている以上、甲子園をめざさなくないですか。3年間しかない中で、本気でやるんだったらめざそうやという気持ち」。記者にも、太くしゃがれた声で語る。 中学時代から、ユニホームは泥まみれだった。守備で打球に飛びついたり、打者として一塁に頭から滑り込んだり。当時、試合を見た岩上貴司監督の目にも「昔ながらの野球小僧」と映った。自己紹介で言い放った一言 明誠学院の創部は2004年で、甲子園の出場経験はない。選手権岡山大会の最高成績は07年のベスト8。それでも「強いところで甲子園に行くよりも、初出場の方がかっこいい」と選んだ。 「ある意味、暑苦しい。日本で一番、野球に熱い男」が、チームメートの評だ。24年春の入部式。新入部員の自己紹介で言い放った。「甲子園に行く気でいます」 どよめく先輩たちの表情は、多くが半笑い。「なんやこいつ?」と言っているかのようだった。 チームに加わると練習中、ことあるごとに口にした。「甲子園行くぞー」「おれらなら甲子園行ける」。レギュラーどころか、ベンチ入りメンバーでさえないのにだ。 半数以上の先輩は本気にしていないように見えたが、そんなことはつゆほども気にならない。チームを鼓舞するといった深い意味もない。ただただ、繰り返した。「行きたいからみんなで行こう」 甲子園とか夢のまた夢――。そんな周囲の目も、徐々に変わった。「目の前に本気でかなえたい男がいた。その男と過ごしていくにつれて、自分も『行きたいなー』ではなく『行く』という強い気持ちになっていった」(同級生の浅野隼人選手) 一つ上の先輩が引退すると、主将に選ばれた。26年春の卒部式。先輩のほぼ全員から、こう声をかけられた。 「お前の代やったら、甲子園へ行ってくれそうな気がする」 断言口調でなく、「気がする」という控えめな言い方。心からの言葉だと感じて、胸に刺さった。「言ってくれるとは思わなかった人も言ってくれた。ありがたいというか、忘れないです」 中堅手として、最後の夏に臨む。先輩たちがくれた言葉に応えたい。 「甲子園に行くしかない。行ってあげたい。結果がどうであろうと、絶対に行ってやるという姿を届けたい。見とってくれって感じです」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません