更新中15分前に更新「平和は当たり前じゃない」から忘れない 沖縄「慰霊の日」追悼式2026年6月23日 6時00分(2026年6月23日 13時57分更新)有料記事滝口信之 棚橋咲月 編集委員・谷津憲郎 金子和史印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】慰霊の日を迎えた、摩文仁の平和祈念公園で早朝から祈る遺族ら=藤原伸雄、金子和史撮影
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沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった戦没者らを悼む「慰霊の日」を迎えた。人々は各地で犠牲者に思いをはせ、平和を願った。戦後81年、平和願う追悼式 23日午前11時50分から、沖縄県糸満市の県平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が営まれた。 沖縄戦では、約3カ月に及ぶ地上戦で日米合わせて計20万人余りが犠牲になった。【そもそも解説】沖縄戦とは 死者20万人、吹き荒れた「鉄の暴風」 玉城デニー知事は平和宣言で、「わたしたちは、かつてこの地で繰り広げられた出来事を次の若い世代へ責任を持って正しく伝え、平和について学び考える歩みを続けながら、世界平和の懸け橋としての役目を担います」などと訴えた。【全文】玉城デニー知事の平和宣言 豊見城(とみぐすく)市立豊崎中2年の亀谷琉奈(かめやるな)さん(14)が「平和の詩」を朗読した。曽祖母の戦争体験をもとにした「生きたいと願った証(あかし)」と題した詩で、「平和は当たり前じゃない/たくさんの人の涙と苦しみと/『生きたい』という願いの上にある/だから私は忘れない」と詠んだ。【全文】平和の詩「生きたいと願った証」 昨年10月の就任後、初めて沖縄を訪れた高市早苗首相はあいさつで「私たちが享受している平和と繁栄は、この地で命を落とされた方々の尊い犠牲と、沖縄の歩んだ筆舌に尽くし難い苦難の歴史の上に築かれたものです。そのことを改めて深く胸に刻みながら、静かに頭(こうべ)を垂れたいと思います」などと述べた。【全文】高市早苗首相あいさつ早朝の沖縄、祈る遺族 沖縄戦で多くの犠牲者が出た糸満市摩文仁では、23日朝早くから遺族や戦争体験者らが亡くなった人を悼み、平和を願った。 戦没者の名前が刻まれている平和祈念公園内の「平和の礎」。浦添市の善平(よしひら)光枝さん(82)は、夫の祖母や母、姉の名前が刻まれている礎の前で手を合わせていた。「平和な世の中であることを見守っていてください」 沖縄本島北部の恩納村で生まれ、当時1歳だったため戦争の記憶はない。戦後、当時の体験を母から聞かされた。泣き虫だったため、壕(ごう)などに隠れる際は近所の人から冷たい視線を浴び、母が口を押さえて泣きやませようとしたという。「戦争は人間の性格までも変えてしまう。絶対に繰り返してはいけない」と訴えた。 礎には沖縄戦の犠牲者だけでなく、満州事変に端を発する「15年戦争」で亡くなった沖縄県出身者の名前も刻まれている。沖縄市の大嶺美代子さん(87)は、娘の多美会(たみえ)さんとともに訪れ、フィリピンで亡くなったとされる義理の父の名前にむかって手をあわせた。礎が完成した1995年以来、毎年のことだ。「今年も来ましたよ。孫たちが幸せになるように見守ってください」 沖縄戦当時、幼かった自分は…この記事は有料記事です。残り1080文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人滝口信之那覇総局専門・関心分野東日本大震災、沖縄、高校野球棚橋咲月東京社会部|平和・憲法・沖縄・拉致専門・関心分野平和、沖縄関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする








