現場から第2回千回以上語った沖縄戦の体験 歴史と現状を学ぶ子どもたちへの期待滝口信之印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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那覇市の玉木利枝子さん(92)は6月上旬、修学旅行で沖縄を訪れた香川県の中学生約100人に語りかけた。 「みなさんと同じくらいの年齢の人たちが戦いました。そういう世の中に逆戻りしていいですか」 沖縄県平和祈念資料館で行われた平和学習の一場面だ。 10歳で沖縄戦を経験し、家族8人を亡くした玉木さんは戦争体験を子どもたちに語ってきた。これまでに1千回を超えるという。 1945年、玉木さんは家族と沖縄本島南部の壕(ごう)で過ごしていた。ある日の夕方、新鮮な空気を吸おうと外へ出ると、一発の砲弾が炸裂(さくれつ)した。一緒にいた14歳の兄が血だらけになった。運ばれた野戦病院で左腕が切断され、「水を飲みたい」とうめきながら息を引き取った。 玉木さんは、この話を修学旅行生にするといつも声を詰まらせる。「水を飲ませてやれなかった。何度も話していますが慣れることはありません……。これが戦場です」 親きょうだいを亡くした玉木さんは戦後、おじに育てられながら学校を卒業し、旅行会社などで働いた。戦争体験は「苦しみは心の中から消えない」と忘れようとしてきたが、戦後50年の1995年が過ぎた頃から依頼されては講話をするようになった。 沖縄は戦後も戦争と結びついてきた。朝鮮戦争やベトナム戦争を支え、日本復帰後も残った米軍基地は、湾岸戦争やイラク戦争などで拠点になった。 太平洋戦争末期、沖縄は本土…この記事は有料記事です。残り447文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人滝口信之那覇総局専門・関心分野東日本大震災、沖縄、高校野球関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







