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沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)にある「平和の礎(いしじ)」。ここは太平洋戦争末期の沖縄戦の激戦地だった。礎には沖縄戦などで亡くなった県民や県外出身軍人、米英軍人、台湾や朝鮮半島出身者ら計24万2659人の名前が刻まれている。 平和の礎の分析に取り組む琉球大学准教授の北上田源さん(44)は、平和の礎の案内を始めて四半世紀が過ぎた。京都出身、沖縄で受けた衝撃 京都府出身で、「家から離れたい」という理由で戦後55年の2000年に琉球大学に進んだ。授業で沖縄戦体験者の話を聞き、涙を浮かべて語る姿に接する。沖縄戦は遠い世界のことだと思っていたが、身近に経験した人がいることに衝撃を受けた。 大学1年の秋、沖縄戦の戦跡や米軍基地を案内する平和ガイドを始めた。平和の礎を案内する直前に、大学の友人を前に練習をした。そのとき、沖縄出身の友人から親戚の名前が刻まれていると聞き、沖縄県民にとっては特別な場所だと気づかされた。 在学中に、刻銘者の生年月日や死亡年月日、死亡場所を記録した情報が閲覧できることに着目した。集落単位で住民の情報を集め、亡くなった場所を地図にまとめてガイドで使ったことが、今日の研究の第一歩だ。受け身ではない平和学習を 大学卒業後も平和ガイドとし…この記事は有料記事です。残り3017文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人滝口信之那覇総局専門・関心分野東日本大震災、沖縄、高校野球関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする