戦国期の「夢の跡」一乗谷朝倉氏遺跡、出入り口の土地も国特別史跡へ2026年6月19日 17時00分平井良和印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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戦国期の栄華と滅亡の歴史を伝える「一乗谷朝倉氏遺跡」(福井市)の国の特別史跡としての指定範囲が広がる見通しになった。国の文化審議会が19日、一乗谷の出入り口近くの土地を追加指定するよう文部科学相に答申した。今後、発掘調査が進められる。 戦国大名の朝倉氏が5代103年にわたって支配した一乗谷は、城下町が「北陸の小京都」と呼ばれるほど栄えた。だが、1573年に織田信長に攻め滅ぼされ、焦土と化した。 1967年以降の調査で多数の遺物が発掘され、戦国の城下町の姿を伝える遺跡として71年に「国宝級」とされる特別史跡になった。これまでに、一乗谷川沿いの朝倉館跡や城下町があった場所など約278万7300平方メートルが指定されている。 この日の文化審議会では新たに、谷の出入り口付近の足羽川と一乗谷川が交わる場所にある約8400平方メートルの土地の追加指定が答申された。 一乗谷川右岸の一角で、1990年度と2003年度の調査で武家屋敷の遺構や土器などが発掘された。近くには、谷の奥への侵入に備えた防御用の土塁「下城戸」の跡があり、遺跡の管理事務所によると、新指定地での調査によって建物の配置のさらなる解明が期待される。 現況は約5500平方メートルが民有の畑などで、残りが国有地と県有地になっている。追加指定を受けた後に福井市が民有地の公有地化を進め、発掘調査や遺跡としての整備につなげるという。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人平井良和ネットワーク報道本部次長専門・関心分野地震災害、中国社会、中国残留日本人孤児、気候変動、生物多様性、社会教育関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする