インタビュー鎖国少年が国境を開くまで 排外主義の奥にあるものは 東畑開人さん印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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東畑開人さんの「社会季評」 昔、排外主義の少年に会っていたことがある。私がまだ20代で、中学校のスクールカウンセラーをしていた頃のことだ。長い間、学校に来ておらず、自室に閉じこもっている生徒がいる、家庭訪問してほしい、と担任の教師に頼まれたのだ。まるで鎖国しているみたいだ、と私は思った。 春の日の昼前、二世帯住宅の大きな一軒家を訪れると、出迎えてくれたのは祖母だった。祖母は申し訳なさそうに、少年は寝ていると謝った。国境封鎖は予測されていたことだったので、ひとまず少年の日々について話を聞くことにした。リビングで紅茶を飲みながら小一時間ほど話をし、帰り際にまた来週来る旨の短い手紙を書き、少年に渡してもらうよう託した。 無論、翌週も会えなかったし、その後もしばらく会えなかった。私は毎週祖母と話し、少年に詳しくなっていった。彼は昼夜逆転していて、毎日長時間お風呂に入り、体を執拗(しつよう)に洗い続けていた。自分を汚いとか臭いと思っているのかもしれない、と痛ましく思った。いいニュースもあった。少年は私が来ていることを意識していて、「会ってもいいかも」と言い始めていた。 果たして、夏には国境が開いた。いつものように、チャイムを鳴らすと、ドアを開けてくれたのは少年だった。私に会うために、徹夜のまま起きていたとのことで、入浴直後なのか、髪は湿っていた。「部屋、きます?」。震える声で少年は言った。「うん、そうしようか」。部屋はひどく清潔だった。 * 「あかんやろ、これ」。少年はパソコンを起動し、ピンク色に染まった川や鳥の死骸に埋め尽くされた工場の画像を私に見せた。そして、ある外国でなされている環境汚染を口汚く罵(ののし)った。「こいつらはほんまに汚い、日本人と全然ちゃうねん、迷惑や」 彼は毎晩、空が白むまで、ネ…この記事は有料記事です。残り1516文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






