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東畑開人さんの「社会季評」 ここ数年、本を読めないことについての本がたくさん出版され、その多くがベストセラーになった。読書について読書するというのは奇妙な感じもするのだが、それは「読書離れ」の最終局面なのかもしれない。社会と読書がじわじわ離れていき、糸がひきちぎれそうになったその瞬間に、社会は「読書とは何だったか」と考えざるを得なくなったのではないか。すると、思い出されるエピソードが二つある。 ひとつは、以前少年鑑別所を見学したときのこと。そこは非行をした子どもたちが送られてきて、話を聞かれたり、心理検査を受けたり、生活を観察されたりする場所だ。そのようにして、家庭に戻すか、施設や少年院などに送るか、その後の処遇が吟味される。子どもたちは社会から離れた場所で保護されて、家庭裁判所での審判までの4週間ほどを過ごすことになる。 私が見学したのは、今は使われていない女子寮だった。清潔だったし、一見合宿所みたいだったけど、すぐに違和感が生じる。すべての部屋が廊下から隅々まで見えるようになっていて、カーテンで仕切られてはいるが、便器もむき出しで設置されているのだ。 「入ってみますか?」と案内…