インタビュー高浜行人印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」のすがちゃん最高No.1さん(34)は、2021年に父を亡くしました。奔放で粗暴な言動におびえつつも、たまに垣間見えるやさしさに愛情を感じた日々。そんな父子の思い出について語ってもらいました。 ◇ 3歳の頃に母ががんで亡くなって、東京から山形市のおやじの実家に引っ越しました。祖父母とおばと、そしておやじの5人暮らし。最初はたぶん普通の家族だったと思います。 でも、小学校に上がる頃から、おやじがあまり家に寄りつかなくなっていきました。いてもばあちゃんやおばさんとけんかばかりしていましたね。 けんかの理由は、おやじがシンプルに「やべえやつ」だったことです。家にあまりお金を入れなかったりとか、すぐにキレて物に当たったりとか。夏でも全身革ジャンで、急に坊主にして赤く染める。そのまま僕の授業参観に行こうとしてばあちゃんがめちゃくちゃ怒るとか。小さい頃はそれが結構、嫌でしたね。 外で何をしていたのかはよく知りません。ただ、子どものいる女性と別に家庭をつくっていたようです。その家族を連れて実家に乗り込んできて、騒動になったこともありました。その後、別れたみたいですけど。 僕に暴力をふるうことはなかったんですが、とにかく怖い存在でした。親というより、「山賊の親分」みたいな存在でした。おやじがいるときは、家の中でも足音を立てないようにして。見せなきゃいけない学校のプリントを渡す時、おやじの部屋の前で1時間ぐらいノックのタイミングを探ったこともありました。「山賊の親分」 部屋の前で1時間 でも、嫌いになったり、恨んだりすることはなかった。凶暴なんだけど、人の悪口は一切言わなかった。見栄っ張りで「かっこつけ」でしたが、根は優しかったと思います。 車に乗っていてあおり運転み…この記事は有料記事です。残り1407文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人高浜行人社会部|専任記者専門・関心分野学校教育、受験、教育行政関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする