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記者コラム「多事奏論」 編集委員・岡崎明子 ふりかえれば、新人記者時代の私は、空気を読まなかった。へそ出しのTシャツで出勤したり、大阪府警担当が長かった上司に「警察取材って、意味がありますか」と聞いて本気で怒られたり。 「会社」に染まりたくない。今思えば、ずいぶん幼稚な反骨心だった。職場に漂う目に見えないルールに逆らうより、「従った方が楽だ」と悟るまでに、かなりの年月が必要だった。 だから私は「空気を読めない人」にいらだつ人の気持ちもよくわかる。場の雰囲気を察して気を配っている横で、平然と空気を乱されると「自由すぎる」と憤ってしまうのも無理はない。けれどその怒りを向けるべき先は、「空気を読めない人」なのだろうか。 早稲田大学の鄭有希(チョンユヒ)教授らは、日本の組織における「空気を読む」を概念化する論文を発表した(https://doi.org/10.1080/14759551.2023.2185780)。多様な職場で働く158人に自由記述を求めたところ、空気を読む力は、状況に気づく「認知」、調和しようとする「態度」、それに応じた「行動」からなる「重要な能力」として捉えられていたという。 つまり「空気を読む」力は…